<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom">
   <title>岐路に立つ大相撲</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://asasyoryu.yoihanashi.net/" />
   <link rel="self" type="application/atom+xml" href="http://asasyoryu.yoihanashi.net/atom.xml" />
   <id>tag:asasyoryu.yoihanashi.net,2008://10</id>
   <updated>2008-09-14T12:13:09Z</updated>
   <subtitle>朝青龍問題、時津風部屋事件…起きては行けないことが起き、信頼を失いつつある大相撲。古き伝統が悪しきしきたりか、時代に即した経営</subtitle>
   <generator uri="http://www.sixapart.com/movabletype/">Movable Type 3.34</generator>

<entry>
   <title>露鵬、白露山　嫌疑報道</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://asasyoryu.yoihanashi.net/2008/09/post_28.html" />
   <id>tag:asasyoryu.yoihanashi.net,2008://10.171</id>
   
   <published>2008-09-08T06:32:23Z</published>
   <updated>2008-09-14T12:13:09Z</updated>
   
   <summary>◆2008年9月2日　（時事通信より抜粋） 　日本相撲協会は2日、抜き打ちの尿検...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="087事件の発端と経過報道" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://asasyoryu.yoihanashi.net/">
      ◆2008年9月2日　（時事通信より抜粋）
　日本相撲協会は2日、抜き打ちの尿検査で露鵬と白露山から薬物の陽性反応が出たと発表した。

◆2008年9月2日　（毎日新聞より抜粋）
　大相撲幕内力士の露鵬（２８）＝西前頭３枚目、本名ボラーゾフ・ソスラン・フェーリクソビッチ＝と、十両力士の白露山（２６）＝東十両６枚目、本名ボラーゾフ・バトラズ・フェーリクソビッチ＝の兄弟力士が大麻を所持し使用していた疑いが強まり、警視庁は２日夜、それぞれが所属する大嶽部屋（東京都江東区）と北の湖部屋（同）など３カ所を大麻取締法違反（所持）容疑で家宅捜索した。日本相撲協会が同日実施した抜き打ちの尿検査で陽性反応が出ていた。
　警視庁によると、大麻取締法には大麻を使用しただけでは罰則規定がないため、所持を裏付けるため捜索に入ったとみられる。捜索は２日夜から３日未明にかけて行われたが、大麻などは見つからなかったという。また、同日夜、２人から事情聴取したが、大麻の所持と使用のいずれについても否定したという。今後は同じロシア出身で、交友のあった若ノ鵬容疑者からも詳しく事情を聴く。

◆2008年9月2日　（毎日新聞より抜粋）
２日に行った日本相撲協会の再発防止検討委員会の薬物抜き打ち尿検査で、若ノ鵬と同じロシア出身の露鵬（２８）＝大嶽部屋＝と、十両の白露山（２６）＝北の湖部屋＝の兄弟から、大麻使用の陽性反応が出た。警視庁も２人が所属する部屋に相次いで家宅捜索に入った
　再発防止検討委員会は若ノ鵬逮捕直後の８月１９日に、若ノ鵬と同郷のロシア出身力士全員の事情聴取をしたばかりだった。協会のアンチドーピング委員も務める大西祥平・慶大教授は会見で「直前まで使用していたとみられる」と話しており、教訓が全く生かされていない状況を露呈した。
　２日午後１時から、大麻、覚せい剤（メタフェタミン、アンフェタミン）の３種を検出するための尿検査を十両以上の関取６９人に対して実施した。その結果、露鵬と白露山について大麻について陽性反応が出たという。露鵬と白露山は「検査に納得できない。身に覚えがない」として再検査を要請。露鵬は３回、白露山は２回同じ検査をしたが、いずれも陽性となった。この段階で、警視庁に通報し、さらに精密な検査をした。覚せい剤の成分については反応がなかった。
　精密検査の結果については、早ければ４８時間以内に結果が出る。尿検体は警察からの要請があれば提出するが、大西委員は「ここ２〜３日での使用でないと簡易検査では出ない」と、直近での使用の疑いを示唆した。
露鵬の師匠・大嶽親方（元関脇・貴闘力）は「まだ報告を受けていない」と話し、白露山の師匠・北の湖理事長は「以前に調べた時には何もなかったのだが」と話した。

◆2008年9月3日　（産経新聞より抜粋）
　露鵬、そして北の湖部屋の白露山の大麻陽性反応に、関係者からは落胆と批判の声が相次いだ。
　日本相撲協会外部有識者委員の漫画家、やくみつるさんは「薬物検査は相撲協会がこれ以上、危惧（きぐ）されるようなことはないことを証明しようと行った。にもかかわらず本当に出てしまった」と驚きを隠さない。
　「（時津風親方らの）暴行事件はある意味、相撲界の体質として起こりやすいともいえたが、今回は完全に社会の外部からの力に取り込まれている。北の湖理事長は、次に公の場に出てくるときは辞表を携えていないといけない」
　大相撲解説者の北の富士勝昭さんは「露鵬と白露山の２人は元若ノ鵬と親密だったから、『大丈夫だろうか』と一抹の不安はあった。協会は抜き打ち検査を続けるべきだ」と強調。「なぜこんな事態に陥ったのか」と嘆くスポーツ評論家の玉木正之さんは「角界は日本の伝統文化の後継者を育てているという自覚がない。強ければよいという体質の表れだ。あきれてかける言葉もない」と突き放した。
　これに対し、北の湖理事長（元横綱）は同夜、「（弟子の）白露山は２週間前に（警察から）事情聴取されたときに何も言われなかったが、（きょうの）検査でちょっと出たようだ。疑いがあるというなら、よく調べてもらえばいい」と語った。

◆2008年9月3日　（毎日新聞より抜粋）
　大相撲幕内の露鵬（２８）＝大嶽（おおたけ）部屋＝と、白露山（２６）＝北の湖部屋＝の兄弟力士から大麻の陽性反応が出た問題で、白露山は、家宅捜索が終わった後の３日未明、北の湖部屋前で取材に応じ、「絶対にそういうことはしていない」と大麻所持、使用の疑惑を全面否定した。
　若ノ鵬容疑者の逮捕に関連して警視庁の事情聴取を受けたことに触れ、「２週間前に警察でＤＮＡ検査を受けた時も、何もなかった。（２日夜に自宅）マンションも調べられたが、何も出ていない」と厳しい表情で語った。
　２日に行った尿検査で陽性反応が出たことについて、「間違いということもあると思う。もう１回検査を受けても構わない」と釈明。副流煙（他の者が吸った近くにいて、２次的に煙を吸う場合）を吸った可能性についても、「ない」と断言した。
　一方、露鵬も３日朝、大嶽部屋前で会見した。浴衣姿の露鵬は「心配を掛けて、申し訳ありません」と頭を下げた後、「（大麻を）見たこともないし、もちろん触ったこともない」と、弟の白露山と同様に否定した。
　尿検査で陽性反応が出たことに関し、「（モンゴル）巡業（８月２７、２８日）の前に腰が痛くて、痛み止めの注射をしたり、薬は飲んだ」と話し、「信用できる他の病院でもう一度検査したい」と訴えた。

◆2008年9月3日　（時事通信より抜粋）
　大麻の陽性反応が出た大相撲の幕内露鵬の師匠大嶽親方（元関脇貴闘力）は3日、東京都江東区の大嶽部屋で報道陣の取材に応じ「本人はやってないと言う。自分も大事な子供（弟子）を信じている」と時折、言葉を詰まらせながら語った。

◆2008年9月3日　（時事通信より抜粋）
大相撲の幕内露鵬と十両白露山に尿検査で大麻の陽性反応が出た問題で、日本相撲協会は3日、専門機関で行う検体の分析結果が判明するのが早くて5日になるとの見通しを明らかにした。

◆2008年9月4日　（スポーツニッポンより抜粋）
 ロシア出身力士の大麻吸引疑惑発覚から一夜明け、日本相撲協会には抗議電話が殺到し、職員が対応に追われた。内容のほとんどは力士への不満ではなく、北の湖理事長に関するもの。「これだけ問題が続いたのだから言い逃れできない」や「これまでの不祥事でも常に師匠と弟子の問題と言ってきたのだから、今回は自身もけじめをつけるべき」など、責任を問う声ばかりだった。

◆2008年9月4日　（毎日新聞より抜粋）
　大相撲の露鵬（２８）＝大嶽部屋＝と白露山（２６）＝北の湖部屋＝兄弟の大麻使用の陽性反応問題で、日本相撲協会は４日、精密分析のため都内の検査機関に２人の尿サンプルを送付した。検査機関では結果判明は早くても８日、詳細な分析が必要な場合、１０日まで延びるとしている。

◆2008年9月5日　（スポーツニッポンより抜粋）
　大相撲の幕内・露鵬と十両・白露山がマリフアナに陽性反応を示した問題で、日本相撲協会の北の湖理事長（５５＝元横綱）が今月予定の臨時国会で参考人招致される可能性が出てきた。相撲協会を監督する文部科学省の松浪健四郎前副大臣（６１）が４日、自身が委員を務める衆議院の文部科学委員会に理事長の出席を求める考えを示唆した。松浪前副大臣はまた、信頼回復のために理事長の辞任も求めた。

◆2008年9月6日　（スポーツニッポンより抜粋）
　幕内・露鵬（２８＝大嶽部屋）と十両・白露山（２６＝北の湖部屋）の兄弟からマリフアナの陽性反応が出た問題で、日本相撲協会の年寄会（朝日山会長＝元大関・大受）は６日、東京・両国国技館で異例の臨時総会を開き、対応を協議することになった。意見をまとめ、協会幹部に提案する予定だが、北の湖理事長（元横綱）の進退を問う可能性もある。出席者から厳しい指摘が出た場合の、北の湖理事長ら協会幹部の対応が注目される。

◆2008年9月6日　（毎日新聞より抜粋）
　大相撲のロシア出身兄弟力士、幕内の露鵬と十両の白露山の大麻使用疑惑で、東京都内の専門検査機関に依頼していた両力士の尿サンプルの精密検査の結果、当初の簡易検査と同じく大麻への陽性反応が出た。関係者が６日、明らかにした。

◆2008年9月6日　（時事通信より抜粋）
　大相撲のロシア出身兄弟力士、幕内露鵬と十両白露山が、ドーピング（禁止薬物使用）検査機関による尿検体の精密分析でも大麻に陽性反応を示したことを受け、日本相撲協会は6日、両力士らの処分などを話し合う臨時理事会を8日に開くことを決めた。続いて評議員会を開き、役員以外の親方らにも経緯などを説明する。
　臨時理事会では両力士らへの処分が決まる見通しで、白露山の師匠でもある北の湖理事長（元横綱）の進退問題に発展する可能性もある。

◆2008年9月6日　（産経新聞より抜粋）
　精密検査でも大麻使用の陽性反応が検出されたとの一部報道を受け、露鵬は６日正午すぎ、東京都江東区の大嶽部屋で約１０分間会見した。部屋前に机を並べて行われた異例の会見で、師匠の大嶽親方（元関脇貴闘力）、部屋の顧問弁護士と並んで臨み、「（検査結果を）絶対に信用しない。絶対に（大麻を）やっていない」と、改めて潔白を訴えた

◆2008年9月6日　（読売新聞より抜粋）
　大相撲の幕内力士の露鵬と十両の白露山が、専門検査機関による尿検体の分析結果でも大麻吸引の反応が出た問題で、日本相撲協会は８日、両国国技館で再発防止検討委員会と理事会、評議員会を開き、力士らの処分を含めた対応を検討する。
　白露山の師匠でもある北の湖理事長の進退を問う理事もおり、協会、理事長ともに厳しい対応を迫られる。

◆2008年9月6日　（産経新聞より抜粋）
　露鵬と白露山から大麻陽性反応が出たことに、警視庁は「クロ判定は織り込み済み」と受け止めている。しかし、大麻取締法は大麻の「所持」は禁止しているものの、「使用」を禁じる条文はない。警視庁は今回の結果を受け、改めて両力士から任意で事情を聴く方針だが、両力士の関係先から大麻所持の証拠となる大麻や吸引具が見つかっていないことから、両力士の強制捜査は難しい状況だ。
  2日夜、両力士から任意で事情聴取。露鵬が所属する大嶽部屋と白露山が所属する北の湖部屋、自宅マンションを家宅捜索したが、両力士は大麻使用を否定し、大麻を所持していたと疑われる証拠物も出てこなかった。
　同じ禁止薬物の覚醒（かくせい）剤の場合、尿検査で覚醒剤成分が検出されれば、覚せい剤取締法違反（使用）容疑に問える。だが大麻の場合、尿から成分が検出されても、それだけでは罪に問えない。「尿検査による成分検出は、本人が大麻所持を否認した場合の補強材料にすぎない」（薬物犯罪に詳しい弁護士）のが現実だ。
　ある捜査幹部は「大麻成分を特定でき、どのくらいの量かもわかる専門機関による検査なので、結果は証拠となり得る。しかし、モノ（大麻）の押収がないままでは逮捕する事案にならない」と話す。

◆2008年9月７日　（サンケイスポーツより抜粋）
　６日、役員以外の親方衆は東京・両国国技館で臨時の年寄総会を開き、速やかな理事会と評議員会の招集を協会執行部に申し入れ、これが受け入れられた。８日に行われる理事会では、両力士に対し解雇を含めた厳しい処分が検討される見込みだ。
　相撲界を揺るがす非常事態に、親方衆がついに立ち上がった。両国国技館で開かれた臨時の年寄総会。役員を除く７９人の親方が出席し、ロシア出身関取の大麻疑惑について激論を交わした。
  “疑惑力士”とその師匠への風当たりは強く、北の湖理事長（元横綱）への辞任要求は時期尚早として決議されなかったが、早期の理事会開催を伊勢ノ海理事（元関脇藤ノ川）ら協会執行部に要請。意見は理事長にも伝えられ、８日に今後の対応を協議する理事会を開くことを決めた。

◆2008年9月７日　（産経新聞より抜粋）
　ロシア出身の幕内露鵬（２８）と十両白露山（２６）が尿検体の精密分析で大麻に陽性反応を示した問題で、日本相撲協会は８日、東京・両国国技館で臨時の理事会を開き、両力士を解雇とする処分を決めた。
　この問題で白露山の師匠で同協会の北の湖理事長（元横綱）は協会トップとしての責任は免れないとして辞任した。
　同協会では理事会に先立って精密分析を依頼したドーピング（禁止薬物使用）検査機関の分析結果を確認するための再発防止検討委員会を開催。両力士は弁明などのために出席していた。

◆2008年9月8日　（日テレニュースより抜粋）
　精密検査で大麻の陽性反応が出たことを受け、日本相撲協会に解雇されたロシア出身の力士・露鵬関（２８）が８日、ＮＮＮの単独電話インタビューに応じ、「陰謀だ。この世界はあまりにも汚い」などと語った。
　露鵬関は「新理事長になった武蔵川親方一派の陰謀だ。私は最後まで無実。私は謝ってほしい。私はどんなに謝罪されても相撲界に戻るつもりはない。この世界はあまりに汚い。北の湖理事長は最高に律義な人です」と述べ、今回の解雇処分に憤りをあらわにした。また、辞任した日本相撲協会・北の湖理事長や、大嶽親方をかばう姿勢を見せた

◆2008年9月8日　（産経新聞より抜粋）
　大相撲界の大麻汚染問題で、日本相撲協会から解雇された元小結露鵬（２８）の（本名・ボラーゾフ・ソスラン、ロシア出身）の代理人の塩谷安男弁護士は８日、東京都江東区の大嶽部屋前で会見し、露鵬が「やっていない。（解雇は）絶対に納得できない。再発防止検討委員会から説明を聞きたい」と興奮気味に繰り返し話したことを明かした。
　塩谷弁護士は親方を交えて約３０分会談。解雇処分を受け動揺する露鵬に対し、大嶽親方（元関脇貴闘力）は「ごめんな、おれはもうお前を助けられない」と話した。露鵬は「わかってます、わかってます」と答えていたという。
　法的措置については「露鵬が冷静になってから話し合いたい」と結論を先延ばししたが、「本人は法的措置を取りたいとの意向」と説明した。結論は来週初めまでに出す予定という。
　（注）塩谷弁護士は記者会見を２回実施。これは、親方を交えて露鵬に面会した後の２回目の会見の内容

◆2008年9月12日　（デイリースポーツより抜粋）
　元幕内露鵬の弁護士を務める塩谷安男氏（５８）が１１日、東京都中央区の元露鵬の自宅近くの公園で会見し、露鵬が６月のロサンゼルス巡業で大麻を吸引した事実を否定した。今後、解雇処分の撤回を求めて提訴を辞さない方針を打ち出した。
　露鵬の自宅で約１時間３０分、本人と会談した塩谷弁護士は「大麻は吸っていないと言っている。ロス巡業のことは検査後に５人の親方に囲まれて言わされたと言っている。詰（きつ）問と換言があった」と断言した。
　また、大麻吸引検査の基準値となる数値に関して疑問を呈し、１３日にも再発防止検討委員会に質問状を提出する意向を示した。「基準値の５倍から１０倍と言うが、その基準が分からない」と話した。１２日に都内で露鵬、白露山と塩谷弁護士の３人で会見する。

◆2008年9月13日　（時事通信より抜粋）
　大麻の尿検査で陽性反応が出て日本相撲協会を解雇された露鵬、白露山の元両力士が13日、同協会に検査手順などについての質問状をファクスで送付した。元両力士は8日にも同様の質問状を出しており、今回が2通目。
　2人は12日に記者会見し、「解雇は認めない。大麻は吸っていない」などと処分の不当性を訴えていた。相撲協会は再発防止検討委員会の大西祥平委員（慶大スポーツ医学研究センター教授）と相談の上、今後の対応を決める。

◆2008年9月14日　（スポーツ報知より抜粋）
　尿検査で大麻の陽性反応が出て、日本相撲協会を解雇されたロシア出身の元露鵬（２８）、元白露山（２６）の代理人を務める塩谷安男弁護士（５８）が１３日、協会へ尿検査の手続きなどについての質問状を送り、簡易検査で当初、陽性を示しながら最終的に陰性とされた日本人力士がいたことを指摘した。
　この日本人力士は、２日に行われた簡易検査で２度目まで陽性反応が出たが、３度目に陰性を示した。検査に立ち会った日本アンチドーピング機構の大西祥平専門委員は、３日の時点でこの日本人力士について「２度目まで陽性反応が出ましたが、３度目で陰性が出たので精密検査の必要性はない」と説明している。
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>理事長の進退問題</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://asasyoryu.yoihanashi.net/2008/09/post_26.html" />
   <id>tag:asasyoryu.yoihanashi.net,2008://10.169</id>
   
   <published>2008-09-08T04:02:52Z</published>
   <updated>2008-09-14T12:17:13Z</updated>
   
   <summary>◆2008年9月8日（NHKニュースより） 11時より行われていた臨時理事会にて...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="900インフォメーション" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://asasyoryu.yoihanashi.net/">
      ◆2008年9月8日（NHKニュースより）
11時より行われていた臨時理事会にて、露鵬、白露山の大麻問題の責任をとり、北の湖理事長が辞任した模様。現在理事会一時中断。

◆2008年9月8日（毎日新聞より抜粋）
大相撲のロシア出身兄弟力士、幕内の露鵬（２８）＝大嶽部屋＝と、十両の白露山（２６）＝北の湖部屋＝の大麻使用疑惑で、日本相撲協会の北の湖理事長（５５）＝本名・小畑敏満＝が理事長職を辞任することになった。北の湖理事長は８日、東京・両国国技館で開かれた理事会で「責任を取って辞任する」と話した。露鵬、白露山は解雇が決まった。北の湖理事長の後任には武蔵川理事（元横綱・三重ノ海）を決めた。

◆2008年9月１４日（毎日新聞より抜粋）
　大相撲秋場所初日が１４日、東京・両国国技館で始まり、武蔵川・新理事長（元横綱三重ノ海）が協会あいさつをした。
　大麻疑惑にからみ幕内力士３人が解雇され、場所直前で北の湖前理事長が辞任するという異例の事態が続いた中での開催となった。新理事長は、「このたびの度重なる不祥事に関する責任は、すべて私ども日本相撲協会にあり、大相撲を愛してくださるすべての皆様方に多大なるご迷惑とご心配をおかけし、大変申し訳なく、心よりおわび申し上げます。今後は協会一丸となり、一人一人が自覚を持って再発防止に努めてまいりますので、今まで以上のご指導、ご鞭撻（べんたつ）をお願い申し上げます」と厳しい表情で決意を述べた。
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>若ノ鵬</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://asasyoryu.yoihanashi.net/2008/09/post_22.html" />
   <id>tag:asasyoryu.yoihanashi.net,2008://10.165</id>
   
   <published>2008-09-07T17:27:06Z</published>
   <updated>2008-09-08T05:52:14Z</updated>
   
   <summary>●若ノ鵬寿則＝（わかのほう としのり、1988年7月8日 - ）は、ロシア連邦北...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="088事件の主役と親方たち" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://asasyoryu.yoihanashi.net/">
      ●若ノ鵬寿則＝（わかのほう としのり、1988年7月8日 - ）は、ロシア連邦北オセチア共和国ウラジカフカス出身で本名ガグロエフ・ソスラン・アレキサンドロビッチ
2005年春場所初土俵を踏み、07年九州場所で１９歳３カ月で入幕を果たした。
初土俵からわずか２年半、１６場所というスピード出世で、史上６番目の若年入幕だった。
最高位は西前頭筆頭（2008年7月場所）、血液型はO型、愛称はソス。従兄弟は三保ヶ関部屋の阿覧。今年6月に東京都墨田区の自宅近くで大麻を所持した疑いで、8月18日に逮捕された。
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>若ノ鵬大麻所持事件報道と経過</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://asasyoryu.yoihanashi.net/2008/09/post_21.html" />
   <id>tag:asasyoryu.yoihanashi.net,2008://10.164</id>
   
   <published>2008-09-07T16:47:39Z</published>
   <updated>2008-09-14T12:25:29Z</updated>
   
   <summary>◆2008年8月18日　（産経新聞より抜粋） 　大麻成分を含んだたばこを持ってい...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="087事件の発端と経過報道" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://asasyoryu.yoihanashi.net/">
      ◆2008年8月18日　（産経新聞より抜粋）
　大麻成分を含んだたばこを持っていたとして、警視庁は１８日、大麻取締法違反（所持）の疑いで、ロシア国籍で大相撲間垣部屋の幕内力士、若ノ鵬寿則（としのり）容疑者（２０）（本名・ガグロエフ・ソスラン）を逮捕した。警視庁は名古屋場所とそれに続く巡業を終えて自宅に帰ってきた力士の身柄を押さえ、自宅と間垣部屋を捜索。たばこの入手先などを追及する。
　調べでは、ガグロエフ容疑者は１９歳だった６月２４日午後１時ごろ、墨田区錦糸の路上で、大麻成分を含む乾燥植物片約０・３６８グラムを所持した疑い。ガグロエフ容疑者が落とした財布の中にあったロシア製たばこに、大麻成分を含んだ植物片が入っていた。「六本木で外国人からもらった」などと容疑を認めており、自宅からは大麻の吸引具も押収された。
　ガグロエフ容疑者は、２代目若乃花が創設した間垣部屋に入門し、平成１７年３月場所で初土俵。今年７月の名古屋場所では前頭筆頭だったが負け越した。五月場所中には、敗戦の悔しさから支度部屋の風呂場の棚板をひじ打ちして壊したとして、日本相撲協会の執行部から厳重注意を受けている。


◆2008年8月18日　（時事通信より抜粋）
　大相撲の幕内若ノ鵬（20）が大麻取締法違反容疑で逮捕された事件で、北の湖理事長（元横綱）は18日夜、東京・両国国技館で記者会見し「若ノ鵬が逮捕されたことは一社会人、一力士としてあってはならないこと。ファンの皆さんには申し訳なく残念」と謝罪した。
　理事長は冒頭で若ノ鵬の実名を発表。「事件発生時は未成年であっても幕内の関取。重く受け止めなければならない」と説明した。近く開く理事会で処分を検討するとした上で「厳正に対応しなければならない」と述べた。
　自らの責任については「こういうことのないようにしていくのがわたしの責任」としたが、同協会は時津風部屋で起きた力士死亡事件を受け、再発防止策をまとめたばかり。しかも、現役関取の逮捕という前例のない不祥事とあって、深々と頭を下げ「ショックであり、残念でならない」と絞り出すように話した。


◆2008年8月19日　（産経新聞より抜粋）
　大麻成分を含んだたばこを所持していたとして、若ノ鵬容疑者（２０）が逮捕された事件で、警視庁が間垣部屋にある若ノ鵬容疑者の個室から大麻の吸引器具を押収したことが１９日、分かった。
　また、自宅から微量の大麻が付いた袋を押収していたことも判明。同課は若ノ鵬容疑者の自宅からも吸引器具を押収しており、自宅や部屋で大麻を吸っていた疑いがあるとみて調べる。また、同容疑者の日ごろの様子などについて、間垣親方ら部屋の関係者からも参考人として事情を聴く方針。

◆2008年8月19日　（産経新聞より抜粋）
　大相撲の幕内若ノ鵬が大麻取締法違反容疑で逮捕された事件で、師匠の間垣親方（元横綱２代目若乃花）は１９日、東京・両国国技館を訪れ、北の湖理事長（元横綱北の湖）に謝罪するとともに、若ノ鵬と自身の処分を理事会に一任した。理事会は２１日に開かれる。
　間垣親方は報道陣に対し、「理事長には『ご迷惑をおかけしました』といいました」と明かした。親方は弟子を破門する権限を持つが、若ノ鵬の処分については「理事会にお任せします」。監督不行届による自身の責任問題に関しても「理事会に一任します」と述べるにとどまった。

◆2008年8月19日　（時事通信より抜粋）
　日本相撲協会は19日、大麻所持の疑いで逮捕された幕内若ノ鵬（20）と同じロシア出身の力士がいる北の湖、大嶽、阿武松、三保ケ関の4部屋を訪ね、若ノ鵬との交友関係などをただした。5力士全員が自らの大麻所持・吸引は否定したという。間垣部屋については、20日にもほかの力士全員から事情を聴く。
　再発防止検討委員会の友綱副委員長（元関脇魁輝）、秀ノ山委員（元関脇長谷川）によると、先輩格の幕内露鵬は「若ノ鵬には（態度などを）何度も注意してきたが、大麻について疑いを感じたことはなかった」などと答えたという。　

◆2008年8月20日　（産経新聞より抜粋）
若ノ鵬の大麻所持　付け人「気付かなかった」
　大相撲の幕内若ノ鵬が大麻取締法違反容疑で逮捕された事件で、日本相撲協会の友綱（元関脇魁輝）、秀ノ山（元関脇長谷川）両親方は２０日、東京都墨田区の間垣部屋を訪れ、若ノ鵬の付け人らから事情を聴いた。
　主な聴取の対象は、若ノ鵬の身の回りの世話をしていた２人の付け人。付け人は若ノ鵬の自宅や部屋にある自室に出入りしていたが、「大麻を吸っていたことには気付かなかった。部屋に吸引器具があっても、どれだか分からない。ロシア人力士以外との交友関係は知らない」などと話したという。
　１９日に事情を聴いた若ノ鵬と同郷のロシア人力士に続き、間垣部屋の力士も大麻の所持や使用を否定。心配される角界内の薬物汚染について、友綱親方は「心配ないかなという気がしている」、秀ノ山親方は「これ以上はないと思う」とそれぞれ述べた。

◆2008年8月21日　（時事通信より抜粋）
　大相撲の西前頭筆頭、若ノ鵬 ロシア出身、間垣部屋＝が大麻取締法違反（所持）容疑で逮捕された事件で、日本相撲協会は21日、臨時理事会を開き、同容疑者を同日付で解雇処分とした。
　北の湖理事長（元横綱）は解雇理由を「本人も嫌疑を認めている」と説明した。師匠の間垣親方（元横綱2代目若乃花）については「監督不行き届きで責任を痛感している」として理事辞任の申し出があり、了承した。
　相撲協会には、過去に現役力士が理事会の議決による解雇処分を受けた記録はないという。解雇後は大相撲界に戻ることはできない。理事の辞任も初めて。


◆2008年8月21日　（時事通信より抜粋）
　日本相撲協会は21日の臨時理事会で、大麻所持容疑で逮捕された幕内若ノ鵬（20）の解雇を決めた。師匠の間垣親方（55）＝元横綱2代目若乃花＝が出した理事辞任願も了承、同親方は1998年から就いていた理事から委員に降格し、大阪場所部長の職も解かれた。
　記者会見した北の湖理事長（元横綱）は、事件について「あってはならないことで本当に残念」と述べた上で、間垣親方の辞任を「自分から辞するのは大変な決意。重く受け止めている」として、これ以上の責任を問わないという。
　同席した間垣親方は「監督不行き届きで大変申し訳ない」と謝罪。若ノ鵬が師匠に無断で相撲部屋内の個室とは別にマンションを借りて生活していたことも、「知らないでは済まないが、知らなかった」と語り、指導不足を認めた。
　再発防止に向けては、生活指導部の伊勢ノ海部長（元関脇藤ノ川）が、外国人力士の指導を徹底するための新たな対策を講じる考えを示した。　

◆2008年8月22日　（産経新聞より抜粋）
　大麻所持容疑による逮捕で、日本相撲協会は若ノ鵬を解雇した。角界のルールブックである「寄付行為」によると、親方や力士の処分を重い順に解雇、番付降下、出場停止、給与減額、譴責（けんせき）と定めているが、現役の関取（十両以上）として初めて逮捕された若ノ鵬の解雇は当然だ。
　師匠の間垣親方（元横綱二代目若乃花）の理事辞任も解雇に次ぐ番付降下にあたり、角界の常識では妥当といえる。北の湖理事長（元横綱北の湖）も、間垣親方の辞任に関して「自分から職を辞するのは大変なことで重く受け止めている」と説明した。
　ただ、世間一般でいえば違和感がある。昨年、関東学院大学ラグビー部の大麻吸引問題では春口広監督が辞任。ラグビー部も長期活動停止となった。一般企業などでも、同様のことが起きれば幹部が何らかの処分を受けるだろう。
　それに対し、間垣親方の自主的な理事辞任だけでは「軽い」との印象はぬぐえない。傷害致死事件で前時津風親方の解雇を決めた昨年１０月の理事会では理事、監事、役員待遇親方も減俸となったが、今回は幹部へのおとがめはなし。北の湖理事長も「二度と起こさないようにするのが私の責任」と述べるにとどまった。

◆2008年8月29日　（毎日新聞より抜粋）
　日本相撲協会の再発防止検討委員会が２９日、東京・両国国技館内であり、元幕内・若ノ鵬（２１日に解雇）による大麻取締法違反事件を受け、抜き打ちでの尿検査実施を検討する方針を決めた。
　力士の麻薬使用を防止するための抑止力としての効果も狙っており、伊勢ノ海委員長（元関脇・藤ノ川）は「早期に前向きに検討したい」と話した。
　協会は、年内に力士を対象としたドーピング検査の試験実施を決めているが、尿検査はこれとは別に実施する方針。再発防止委の外部委員で、協会アンチ・ドーピング委員も務める大西祥平・慶大教授は「簡易の尿検査ならドーピング検査に比べ費用もかからない。実現するのであれば全力士を対象にしたい」と述べた。
　また、若ノ鵬が在籍した間垣部屋については、指導態勢などを再検討するように同部屋が所属する二所ノ関一門に要請した　

◆2008年8月29日　（日刊スポーツより抜粋）
　大麻所持容疑で逮捕された元前頭若ノ鵬の師匠、間垣親方（元横綱２代目若乃花）が２９日、部屋の立て直しに向けた同じ二所ノ関一門からのサポートの申し出を断った。
　この日、東京・両国国技館で再発防止検討委員会が行われ、各委員から「師匠が病気療養中の間垣部屋は指導者不在の状況にある。在り方を考えるべき」との声が噴出。伊勢ノ海委員長（元関脇藤ノ川）は、同一門の秀ノ山副委員長（元関脇長谷川）に「一門で話し合いを持ってほしい」と指示。秀ノ山副委員長は会議後、すぐに同親方と連絡を取ったが、同親方は「自分の部屋は自分で見るから大丈夫」と言い、電話を切ったという。

◆2008年9月8日　（読売新聞より抜粋）
　大相撲の元幕内力士・若ノ鵬で、ロシア人のガグロエフ・ソスラン容疑者（２０）（解雇）が大麻取締法違反容疑で逮捕された事件で、東京地検は８日、ガグロエフ容疑者を処分保留で釈放した。
　調べに対し、「六本木で外国人から買った」と容疑を認めており、所持量も微量だったことから、不起訴（起訴猶予）になる見通し。
　ガグロエフ容疑者は今年６月２４日、東京都墨田区錦糸１の路上で落とした財布の中に、大麻成分を含むロシア製の紙巻きたばこ１本を所持していた疑いで、警視庁に先月１８日、逮捕されていた。

◆2008年9月10日　（デイリースポーツより抜粋）
　大麻取締法違反（所持）で逮捕され、日本相撲協会を解雇された元幕内若ノ鵬のガグロエフ・ソスラン容疑者（２０）が９日、両国国技館を訪れ、武蔵川理事長らに謝罪と角界復帰を申し入れた。
　協会のルールを定める寄付行為施行細則には「解雇したものは再び協会に帰属することができない」との条文があり、武蔵川理事長に「無理です」と却下された。８日には間垣部屋を訪れたが、元師匠の間垣親方（元横綱２代目若乃花）は不在で、関係者から「部屋には来ないように」と告げられたという。
　実際に訴訟に踏み切るかどうかは「迷惑を掛けたので本人も悩んでいる」（同弁護士）ため未定。元若ノ鵬は「戻りたいです。許してください。まげは切るつもりはないです」と力なく話した。

◆2008年9月11日　（産経新聞より抜粋）
　大麻取締法違反（所持）容疑で逮捕され、８日に処分保留で釈放された大相撲の元幕内力士、若ノ鵬（２０）が１１日、日本相撲協会から解雇されたことを不服として、力士としての地位確認などを求める訴訟を東京地裁に起こした。
　訴状によると、元若ノ鵬は平成１７年、力士として、同協会に雇用された。今年８月１８日、大麻を所持していたとして逮捕され、同月２１日に解雇された。
　元若ノ鵬側は「協会の過去の処分例で、私生活上の犯罪行為で解雇した例は皆無。時津風部屋の力士による傷害致死事件でも出場停止にしているだけ。他の事例と比べても極めて厳しい処分で、協会の権利の乱用に当たる」と訴えている。
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>朝青龍のプロフィール</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://asasyoryu.yoihanashi.net/2008/08/post_4.html" />
   <id>tag:asasyoryu.yoihanashi.net,2007://10.94</id>
   
   <published>2008-08-19T08:53:47Z</published>
   <updated>2007-08-30T22:10:49Z</updated>
   
   <summary>     第６８代横綱 朝青龍明徳（あさしょうりゅう　あきのり） 本名　ドルゴル...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="102略歴" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://asasyoryu.yoihanashi.net/">
      <![CDATA[<table width="480" border="0" cellspacing="0"  background="http://asasyoryu.yoihanashi.net/sumou3.jpg" width="480" height="285" />

  <tr>
 <td><p>第６８代<strong>横綱</strong>
<strong>朝青龍</strong>明徳（あさしょうりゅう　あきのり）
本名　ドルゴルスレン・ダグワドルジ（愛称ドルジ）
モンゴル国、ウランバートル出身。
1980年9月27日生　兄３人、妹一人の４人兄弟。
タミル夫人との間に一男一女。

高校時代に明徳義塾高校に<strong>相撲</strong>留学で入学する。
中退後、若松部屋（現、高砂部屋）に入門する。

初土俵………平成11年初場所
新入幕………平成13年初場所
<strong>横綱</strong>昇進……平成15年大阪場所
幕内戦歴……466勝117敗17休(40場所)
　　　　　　2007年夏場所終了時点

身長184cm  体重148kg
ちなみに身長は184cm  あの小錦と同じです。</p>
</td></tr></table>


]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>朝青龍のこれまでの記録</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://asasyoryu.yoihanashi.net/2008/08/post_5.html" />
   <id>tag:asasyoryu.yoihanashi.net,2007://10.95</id>
   
   <published>2008-08-18T09:09:58Z</published>
   <updated>2007-09-04T04:54:28Z</updated>
   
   <summary>朝青龍のこれまでのすばらしき記録を紹介します． 2007年７月場所終了時点での記...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="103輝かしき記録・成績" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://asasyoryu.yoihanashi.net/">
      <![CDATA[<table><tr><td><strong>朝青龍</strong>のこれまでのすばらしき記録を紹介します．
2007年７月場所終了時点での記録です。</td><td>

<img alt="相撲イラスト.jpg" src="http://asasyoryu.yoihanashi.net/sumo1-thumb.jpg" width="180" height="152" />
</td></tr></table>

★優勝回数２１回……５位
1位 大鵬32回、2位 千代の富士31回、3位 北の湖24回、4位 貴乃花22回、　
外国人力士としては１位（２位 武蔵丸12回、３位 曙11回）


★全勝優勝５回……５位タイ
１位 双葉山・大鵬８回、３位 北の湖・千代の富士７回、についで太刀山とともに５位


★連続優勝回数７回……１位
２位 大鵬６連覇を２回、３位 太刀山・栃木山・双葉山・北の湖・千代の富士


★年間６場所連覇（2005年）……<strong>朝青龍</strong>のみ
５場所連覇は大鵬、北の湖


★連勝記録　35連勝……5位
1位 双葉山69連勝、２位 千代の富士53連勝、３位 大鵬45連勝、4位 双葉山36連勝


★年間勝利数　84勝６敗（2005年）……１位
２位 北の湖82勝、３位 大鵬81勝、4位 北の湖、千代の富士、貴乃花（2回）80勝


★年間最多勝回数　5回……３位タイ
１位 北の湖７回、２位 大鵬６回、３位 貴乃花５回


★連続年間最多勝　5年連続……１位タイ
１位 北の湖、大鵬5年連続、４位 貴乃花４年連続


★１、３、５、７、９、１１月、全場所で複数回優勝　
大鵬、千代の富士についで３人目


★横綱在位中の勝率 0.858（出場時のみ、休場は除外）……3位タイ
１位 双葉山 0.882、２位 玉の海 0.867、 ３位 大鵬 0.858、5位 千代の富士 0.848 ]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>時太山事件の発端と経過</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://asasyoryu.yoihanashi.net/2007/10/post_20.html" />
   <id>tag:asasyoryu.yoihanashi.net,2007://10.141</id>
   
   <published>2007-10-23T04:11:29Z</published>
   <updated>2007-10-23T05:27:27Z</updated>
   
   <summary>◆6月28日　（yahooニュースより抜粋） 大相撲名古屋場所のため、愛知県犬山...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="093事件の発端と経過報道" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://asasyoryu.yoihanashi.net/">
      ◆6月28日　（yahooニュースより抜粋）
大相撲名古屋場所のため、愛知県犬山市にけいこ場を設けている「時津風部屋」の力士で新潟市出身の時太山（本名斉藤俊さん）＝（１７）＝が２６日、けいこ中に体調を崩し、犬山市内の病院に搬送された後、急性心不全で死亡していたことが２８日分かった。遺族の希望で同日、新潟市の病院で行政解剖する。
　犬山署によると、斉藤さんは２６日午前に約３０分間、兄弟子の胸を借りたぶつかりげいこの最中、気分が悪くなり約１時間休んだ。呼吸が荒くなっているのに気付いた兄弟子らが１１９番。同日午後２時１０分、病院で死亡が確認された。ほおなどにかすり傷があり、足にやけどが治ったあともあったが、直接死亡につながるような打撲はなかった。
　父の斉藤正人さん（５０）＝新潟市＝は「亡くなる５日ほど前に、新潟に帰ってきて『けいこが厳しい。上下関係がきつい。やめたい』ともらしていた。部屋に戻らせたが、まさかこんなことになるとは。真相が知りたい」と話している。

◆7月1日　（yahooニュースより抜粋）
　大相撲の序ノ口力士、時太山（１７＝時津風、本名斉藤俊さん）が名古屋場所（７月８日初日、愛知県体育館）に備えた２６日のけいこ中に体調を崩し、急性心不全で死亡していたことが２８日までに分かった。愛知県犬山市の時津風部屋ではこの日のけいこを休み、夕方に時津風親方（５７＝元小結双津竜）が会見。「大事なお子さんを預かっているのに、本当に申し訳ない」と声を震わせた。
　時太山は２６日に兄弟子の胸を借りたぶつかりげいこの最中に気分が悪くなり、横になって休んでいた。約１時間後、呼吸が荒くなっているのに兄弟子が気づき救急車で搬送。「患者に接触した時点（午後０時５８分）で完全に心停止状態」（犬山消防署）で、午後２時１０分、犬山市内の病院で死亡が確認された。
　犬山署は２８日、新潟大で同日行った行政解剖の結果、多発外傷によるショックが死亡につながった可能性があると発表。当日の張り手などの激しいけいこが心臓停止につながったと考えられるが、直接の死因は特定できなかったという。同署によると斉藤さんのほおなどにかすり傷があったほか、肋骨（ろっこつ）１本の骨折が見つかったが、単独で死亡につながる傷はなかった。今後はけいこに行き過ぎがなかったかなど詳しい状況について関係者から事情を聴く方針。

◆9月26日　（yahooニュースより抜粋）
大相撲の時津風部屋の序ノ口力士、時太山（ときたいざん）＝当時（１７）、本名・斉藤俊さん＝が６月、愛知県犬山市でけいこ後に急死した問題で、県警捜査１課と犬山署は２６日、制裁目的の暴行があったとして、時津風親方（元小結双津竜）と、部屋の兄弟子ら数人を立件する方針を固めた。
　死因を詳しく特定するため遺体の組織片の鑑定が進められており、その結果とそれぞれの　調べでは、時津風部屋の兄弟子らは名古屋場所前の６月２６日午前１１時ごろ、犬山市のけいこ場で時太山に暴行を加え、同日午後２時１０分ごろ、搬送先の病院で死亡させた疑いが持たれている。時津風親方は、暴行を指示したとみられている。


◆9月28日　（yahooニュースより抜粋）
　大相撲・時津風部屋の力士＝当時（１７）、本名・斉藤俊さん＝が稽古（けいこ）後に急死した問題で、日本相撲協会の北の湖理事長は２８日、「この１０年間どういう状況だったのかをきちっと把握し、報告すべきだと思う」と述べ、過去１０年間にさかのぼり、同様の事例がないか調査する考えを示した。
　北の湖理事長ら相撲協会幹部が同日午後、文部科学省を訪れ、渡海紀三朗文科相や松浪健四郎副大臣に対し「命の大切さは重々承知している。ご迷惑をかけて申し訳ない。深く反省している」と公に謝罪した。また、「稽古の在り方も考えないといけない」と述べ、稽古の方法を再検討する考えを示した。
　北の湖理事長は会談後、「二度とこういうことがないようにしたい。番付によって稽古の厳しさが違うが考えた方がよい。やり過ぎはいけない」と述べた。時津風親方の処遇については「なかなか言えない。状況に応じて」と述べるにとどめた。



◆9月29日　（yahooニュースより抜粋）
　大相撲・時津風部屋の序ノ口力士、時太山（ときたいざん）＝当時（１７）、本名・斉藤俊さん＝が稽古（けいこ）後に急死した問題で、日本相撲協会の北の湖理事長は２８日、文部科学省から事情聴取を受け、時津風親方に対して協会独自の調査を行い、状況によっては立件を待たずに処分を下す意向を示した。

　また、過去１０年にさかのぼって類似事例を検証し、力士の指導に関する検討委員会に外部有識者を加える方針も表明。いずれも文科省の指導を受け実施するもので、同省が具体的問題で相撲協会を指導したのは初めて。


◆10月3日　（yahooニュースより抜粋）
　日本相撲協会は２日、前日の事情聴取で解雇が決定的になった大相撲時津風親方（５７）＝元小結双津竜、本名・山本順一＝に続き、死亡した時太山＝当時１７歳、本名・斉藤俊（たかし）さん＝への暴行に関与したと見られる兄弟子数人からも、独自に事情を聴く方針を固めた。３日に武蔵川事業部長（元横綱三重ノ海）、伊勢ノ海生活指導部長（元関脇藤ノ川）が聴取の日程などを話し合う。時津風親方の処分を決める臨時理事会は５日にも招集される。


◆10月4日　（産經新聞より抜粋）
大相撲の時津風部屋に在籍していた斉藤俊さん＝当時（１７）、しこ名・時太山＝が６月に急死した問題で、日本相撲協会は４日、時津風親方（元小結双津竜）と部屋関係者の聴取内容に食い違いがあったことから、時津風親方の再聴取を行った。
　再聴取は武蔵川（元横綱三重ノ海）、伊勢ノ海（元関脇藤ノ川）の両理事が協会の顧問弁護士を同席させ、東京・両国国技館で午後５時過ぎから１時間以上にわたって行われた。
　伊勢ノ海理事は「１日に行った親方の聴取と３日に行った部屋関係者の聴取に食い違いがあったので、もう一度親方の話を聞かないといけないと考えた。食い違いの内容はいえません」と述べるにとどまり、時津風親方も無言を貫いた。


◆10月5日　（産經新聞より抜粋）
　大相撲・時津風部屋の序ノ口、時太山（ときたいざん）＝当時（１７）、本名・斉藤俊さん＝が６月に急死した問題で、日本相撲協会は５日午後１時、東京・両国国技館で斉藤さんへの暴行を認めている師匠の時津風親方（元小結双津竜）ら関係者の処分を協議する臨時理事会を開き、時津風親方の解雇を満場一致で決定した。処分は理事会に時津風親方を招き本人に通告した。
　北の湖理事長（元横綱北の湖）は「力士を養成する立場にありながら、その義務を怠り暴行を黙認した。師匠としてあるまじき行為。協会の名誉を汚した」と語った。また後継者については「９日まで決めるよう指示した」と語った。
　理事会では時津風親方の処分のほか役員にも連帯責任があるとして、北の湖理事長が４カ月間の減俸５０％、理事、監事らが３カ月間の減俸３０％の処分を自主的に申し出て了承された。暴行したとされる兄弟子に対する処分は保留とし、捜査の結果を待つとしている。


◆10月6日　（サンケイスポーツより抜粋）
　大相撲の序ノ口力士、時太山（ときたいざん）＝当時（１７）、本名・斉藤俊（たかし）さん＝が６月下旬のけいこ後に急死した問題で、日本相撲協会は５日、師匠の時津風親方（５７）＝元小結双津竜＝の解雇処分を決めた。理事会で３分間の弁明時間を与えただけで、極刑を決定。時津風親方は解雇処分の場合は提訴する考えを関係者に漏らしていたが、北の湖理事長（５４）＝元横綱＝は問答無用の永久追放処分で事件のけじめをつけた。


◆10月10日　（スポーツニッポンより抜粋）
　大相撲の序ノ口・時太山＝ときたいざん＝（当時１７、本名・斉藤俊さん）が急死した問題で、幕内・時津海（３３）＝本名・坂本正博、時津風部屋＝が９日、相撲協会に引退届を提出。持ち回り理事会で年寄「時津風」襲名と部屋の継承が承認され、５日に解雇された前時津風親方（元小結・双津竜、本名・山本順一さん）の後継者となった。１０日から名門復興に尽力するが、新弟子獲得や地方場所の宿舎探しなど難題も山積。前途多難の船出となった。


◆10月10日　（毎日新聞より抜粋）
　大相撲時津風部屋の序ノ口力士、斉藤俊さん（当時１７歳）＝時太山＝が急死した問題で、部屋を継承し新しく師匠となった時津風親方（元前頭・時津海）が１０日午前、新潟市内の斉藤さん宅を訪れ、遺族に謝罪した。新師匠は部屋の継承が決まった前日の記者会見で謝罪の意向を明らかにしていた。
　また、東京都墨田区の時津風部屋で、部屋を継承してから初めての朝けいこが行われた。部屋の周りには、約５０人の報道陣が集まったが、けいこは非公開だった。幕内の時天空らが指導にあたり、しこを踏む音や掛け声が聞こえた。

◆10月10日　（毎日新聞より抜粋）
　現役力士を引退して時津風部屋を継承した大相撲の時津風親方（３３）＝元前頭・時津海＝は１０日、６月のけいこ直後に急死した序ノ口力士、斉藤俊さん（当時１７歳）＝時太山（ときたいざん）＝の新潟市内の実家を訪ねた。東京都内の時津風部屋に戻った後、両親に謝罪した時の様子を説明。斉藤さんの母親は泣いているようで、時津風親方は「顔も見られなかった」と話した。

◆10月12日　（yahooニュースより抜粋）
　大相撲の序ノ口・時太山＝ときたいざん＝（当時１７、本名・斉藤俊さん）が急死した問題で、日本相撲協会の北の湖理事長（元横綱）と伊勢ノ海理事（元関脇・藤ノ川）が１２日、新潟市北区の斉藤さんの実家を訪れ、謝罪した。理事長によると、一連の経緯などを説明したところ、遺族も納得したという。だが、同席した親族は内部調査の内容などを明かさなかった協会側の応対などに不満爆発。協会トップの直々の訪問が逆により不信感を募らせる結果になった。


◆10月14日　（産經新聞より抜粋）
　大相撲・時津風部屋の序ノ口力士、時太山＝当時（１７）、本名斉藤俊（たかし）さん＝が愛知県犬山市でけいこ後に急死した問題で、遺体を解剖した新潟大大学院の出羽厚二准教授（法医学）が１４日、産経新聞の取材に対し、「検視官に見せないで遺体を病死として処理し、被疑者になる可能性のある元時津風親方に返してしまった。初動捜査さえしていない可能性がある」と愛知県警の初動捜査を批判した。
　解剖の結果、肩や尻に多くの内出血が確認され、死因は打撲によるショックが積み重なった「多発外傷による外傷性ショック死」と判明した。
　出羽准教授は「急性心不全とは死因が分からないという意味で、遺体の傷を見れば、解剖の必要があると判断するのが当然。愛知県警は傷害致死になりそうな事件をスルーしてしまった。斉藤さんの遺族にきちっと謝らなければならない」と指摘した。

◆10月16日　（日刊スポーツより抜粋）
　時津風部屋の序ノ口力士、時太山（ときたいざん、当時１７＝本名・斉藤俊さん）の死亡事件を受けて日本相撲協会が発足した「再発防止検討委員会」が１５日、両国国技館で第１回会合を開き、外部の有識者委員を決めた。日体大元学長の塔尾武夫氏（７３）、慶大スポーツ医学研究センターの大西祥平教授（５５）、プロスポーツ協会の山口弘典副会長（７４）の３人。塔尾氏は日本相撲連盟（アマチュア）の副会長でもあり、アマ側の意見が反映される。大西氏からは医学的助言を受け、またプロボクシング協会元顧問の山口氏は、他の競技団体とのパイプ役として期待される。今後、外部からさらに複数の委員を招聘（しょうへい）する予定だ。


◆10月18日　（yahooニュースより抜粋）
　大相撲の時津風部屋で序ノ口力士の斉藤俊（たかし）さん（当時１７歳）＝しこ名・時太山＝が急死した問題を巡り、日本相撲協会が新たに発足させた「再発防止検討委員会」の外部委員に、漫画家のやくみつる（４８）、ＮＨＫ解説委員の山本浩（５４）の両氏が起用されることが１８日、わかった。


◆10月22日　（yahooニュースより抜粋）
　大相撲の時津風部屋に在籍していた斉藤俊さん＝当時（１７）＝が急死したのを受けて発足した日本相撲協会の再発防止検討委員会は２２日、全５３部屋の実態を把握する調査書の質問項目をまとめた。調査書は２３日に各部屋へ発送し、１１月１１日を期限に回収する。
　調査書は力士の私生活やけいこ内容を調べるのが目的で、各部屋の師匠に回答を依頼。質問は「しつけと体罰の違いは何か」「道具を使って指導することはあるか」「けんかやいじめはあるか」など約６０項目に上り、各項目について具体的な状況説明を求めている。


◆10月23日　（yahooニュースより抜粋）
　序の口力士・時太山（当時１７歳）＝本名・斎藤俊（たかし）さん＝がけいこ後に死亡した問題を受けて発足した日本相撲協会の「再発防止検討委員会」に、外部委員として招へいされた漫画家・やくみつる氏（４８）が２２日、就任後初めて活動方針を語った。熱心な相撲ファンで知られる同氏は、独自の情報網を生かして抜き打ちで各部屋の視察を行うことを示唆。相撲部屋の現状を厳しくチェックする考えだ。モンゴルで治療中の横綱・朝青龍（高砂）には、強制的に早期来日させることを望んだ。

      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>時津風親方</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://asasyoryu.yoihanashi.net/2007/10/post_19.html" />
   <id>tag:asasyoryu.yoihanashi.net,2007://10.140</id>
   
   <published>2007-10-23T04:06:49Z</published>
   <updated>2007-10-24T15:40:40Z</updated>
   
   <summary>第15代時津風 順一 元小結双津竜 順一（ふたつりゅう じゅんいち、1950年2...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="092元時津風親方" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://asasyoryu.yoihanashi.net/">
      第15代時津風 順一
元小結双津竜 順一（ふたつりゅう じゅんいち、1950年2月28日-）は北海道室蘭市出身。
本名は山本順一。身長185cm、体重172kg。最高位は東小結（1979年7月場所）
中学在学中に時津風部屋に入門。その時の親方は元横綱双葉山の第12代時津風だった。
1963年9月場所に初土俵を踏み、1969年11月場所には弱冠19歳で十両に昇進した。
期待されながらも立合いが遅く2年以上も幕内に昇進できなかったが、1972年3月場所に新入幕を果たす。

全盛期には180キロもあり当時としては高見山（現東関親方）に次ぎ北の湖と同じくらいの巨漢であった。体格を生かし、右四つで豪快な相撲だったが、故障が多く幕内と十両を往復した。1979年7月場所に小結まで番付を上げた。しかし1980年3月場所、右上腕を負傷し休場し十両へ陥落。そのまま再入幕できず二年後幕下に陥落。十両に返り咲くことなく引退。
写真で二科展に連続入選などしている。

引退後は年寄・錦島を襲名し、時津風部屋の部屋付きの親方として後進の指導に当たった。2002年に定年を迎えた第14代の時津風親方（元大関・豊山）より時津風部屋を引き継いだ。

2007年4月に愛弟子の新小結豊ノ島が横綱朝青龍に稽古中、プロレスと見まがうような技で怪我させられた時、朝青龍に対し「悪意に満ちた稽古だ」など激しく批判し、高砂親方から詫びの電話があった。
現役中は「気は強いが斑の多い性格」ともいわれた、親方としては「温厚で優しいが酒を飲むと性格が変わる」という噂もあったが…。

2007年名古屋場所直前に序ノ口力士時太山が稽古中に倒れ急死した。9月になり、暴行容疑の疑いで愛知県警に事情聴取され、ビール瓶で頭を殴るなどといった暴行の事実を大筋で認めた。しかし2007年10月4日には一転して暴行の事実を否定した。 
2007年10月5日に日本相撲協会から、処分としては最も厳しい解雇処分が下り、相撲界より永久追放された。

      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>今回の騒動の経緯と経過</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://asasyoryu.yoihanashi.net/2007/08/post_17.html" />
   <id>tag:asasyoryu.yoihanashi.net,2007://10.107</id>
   
   <published>2007-08-29T18:59:59Z</published>
   <updated>2007-11-20T13:22:07Z</updated>
   
   <summary>◆2007年７月場所 優勝後、腰痛と左肘が曲がらないことがあかされる。賜杯を受け...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="093事件の発端と経過報道" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="101朝青龍騒動の発端と経過" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://asasyoryu.yoihanashi.net/">
      <![CDATA[◆2007年７月場所
優勝後、腰痛と左肘が曲がらないことがあかされる。賜杯を受け撮影中に腰を痛そうにしているのが報道される。


◆7月22日 
腰の疲労骨折で全治６週間という診断書を相撲協会に提出し、夏巡業不参加を認められる。


◆7月25日 
サッカー元日本代表の中田英寿氏が子供たちを指導するイベントに同国政府や日本の外務省などの依頼を受けて参加。軽快な動きでシュートも決める様子が、同日夕のフジテレビ「スーパーニュース」で報じられた。

◆7月26日
北の湖理事長は、「診断書が出ているのに、サッカーをしているのはおかしい」
と怒り心頭で苦言を呈した。

高砂親方は国際電話で「腰が本当に悪いなら入院しろ、悪くないなら巡業に出ろと伝えた」と、広報部を通じて談話を発表。


◆7月27日
日本<strong>相撲</strong>協会の巡業部が緊急会議で<strong>朝青龍</strong>を夏巡業を全休させると決定。

大島巡業部長（元大関旭国）は「参加しなくても結構」。

高田川副部長（元大関前の山）は「巡業部としては全治６週間の診断書が出ているのだから夏巡業に出なくていい。途中で出たいと言っても断る。巡業を甘く見てもらっては困る」と語る。


◆7月31日
<strong>朝青龍</strong>が日本へ戻る。高砂親方とともに北の湖理事長へ謝罪に訪れる。

報道陣に取り囲まれた<strong>朝青龍</strong>は「日本で治療して来場所頑張ります」と早口に語り早足で立ち去る。

診断書を出した三重県四日市市内の病院は「左ひじは手術をしなければいけない状態で、第５腰椎も疲労骨折している」とのコメントを発表した。全治６週間とした理由については「左ひじの手術をすることを前提に決めた」と説明。

「サッカーはモンゴル政府に頼まれたから出てしまったと言っていたが、休場届を出しているのだから許されるものではない。わたしの監督不行き届き」と高砂親方


◆8月1日 
外国人横綱の先輩として曙は「分からなくもない。ずっと１人横綱で場所も巡業も引っ張ってきたから疲れがたまっているのは当然」と同情しつつも「ただ、やり方がまずかった」と、苦言を呈した。

緊急理事会は<strong>朝青龍</strong>に対して、９月の秋場所、１１月の九州場所の２場所出場停止と九州場所千秋楽までの謹慎処分、さらに４カ月の３０％減俸処分とすることを決めた。また監督責任を問われた師匠の高砂親方に４カ月の３０％減俸処分を科した。


◆8月2日
高砂親方から電話で処分内容を知らされた<strong>朝青龍</strong>は「真摯（しんし）に受け止める。治療しながら（九州場所後の）１２月の巡業に間に合うように備えていく」とコメント。高砂親方は「<strong>朝青龍</strong>も私も反省している。２１度の優勝を無駄にしないためにも前向きにやるしかない」と述べた。　との産經新聞報道？？？？

精神的に不安定なことを理由に２日の会見は“拒否”。師匠の高砂親方（元大関朝潮）は近日中に<strong>朝青龍</strong>が自らの口で騒動に関する説明や処分への感想を述べる方針を明らかにした。


◆8月5日
本田昌毅医師診断を受け、「神経衰弱状態及び抑うつ状態で、うつ病の一歩手前、本人にとって最良の環境で療養した方がいい」と帰国を勧めた。


◆8月6日 
高砂親方が<strong>朝青龍</strong>と面談。「ほとんどしゃべらず、ぼーっとしている。会見を開くのは難しい。私もびっくりした」と述べた。


◆8月7日
日本相撲協会医務委員会が指定した精神科医、今坂康志医師が<strong>朝青龍</strong>を診察「急性ストレス障害で療養が必要」と診断


◆8月9日 
高砂親方が<strong>横綱</strong>を訪れ、入院と記者会見に応じることを勧めたが、拒絶されたという。この日、説得に失敗した同親方は受け入れられるまで“日参”すると宣言した。<strong>朝青龍</strong>は厳罰処分が下された現状に、涙をみせる場面もあったという。


◆8月10日 
高砂親方は前日に続き<strong>横綱</strong>に会い「会見できる状態ではない。甘いかもしれないが、私も会見をさせてはいけないと思った。」と述べた

サッカー元日本代表の中田英寿氏が自らのＨＰで「遊び程度のサッカーをするには問題はないものの次場所に万全の体調で臨むために夏巡業を回避した可能性を指摘。本当に“仮病”なのかをまずはっきりさせることが大事とした上で、「頑張れ、<strong>朝青龍</strong>！！」
と締めくくっている。


◆8月15日
伊吹文部科学相が「<strong>朝青龍</strong>をヒール（悪役）のように扱って、非難しているだけでは問題の解決にならない」「<strong>相撲協会</strong>は公益法人の資格を持っており、義務も出てくる。現役の最高位である<strong>横綱</strong>に対し、日本の文化の理解、最高位としての立場の重さなどを教えることが一番大切なことだ」と述べる。


◆８月17日 
<strong>相撲協会</strong>が派遣した新たな高木医師が１７日夜、<strong>朝青龍</strong>の自宅で診察を行った。診断結果は今坂医師と同じ「急性ストレス障害」。ただ、高木医師と話をした高砂親方によれば「ストレスはよりたまっているということだ。医師が話しかけてもあまり反応がなかったと聞いている」と、症状が悪化していることを示唆した。


◆８月20日
高木洲一郎医師が「解離性障害」との診断。
計６度診察するも<strong>朝青龍</strong>本人は問い掛けに応じず、付け人やマネジャーの証言をもとに診断書を作成したことを打ち明けた

<strong>相撲</strong>診療所の吉田所長が会見し高砂親方に治療のためにはモンゴル帰国が望ましいと進言したが、拒否し国内での通院、または入院治療を優先させる方針を打ち出す。

高田川巡業部副部長が<strong>朝青龍</strong>の自宅へ見舞いに行ったが睡眠剤を服用して寝ていたため面会できず。「巡業部の一員として、今の状況を確認したかった。精神的に不安定と聞くし、心配しているよ」と説明した。


◆８月21日 
北の湖理事長が国内治療にこだわるのは、協会内に強硬な反対意見があるため。この日の話し合いでも「モンゴルに帰るのはみんなが納得しないだろう。世の中とか理事とかあるだろう」と語った。

<strong>横綱</strong>審議委員会の海老沢勝二委員長は、「専門家が母国での治療を勧めているのだからその方向で考えてもいい」とモンゴル帰国に理解を示した


◆８月22日
自宅にこもりきりだった<strong>朝青龍</strong>が、主治医に任命された高木医師の診察を受けるために外出。<strong>朝青龍</strong>はそのまま都内のホテルに向かい、診察を受けた。自宅には戻らず、今後も同じ場所に滞在して治療を続ける予定だという。


◆８月23日
北の湖理事長は、朝青龍が高木洲一郎医師の往診を受けたことについて言及。
「まずは環境を変えることが一番大事。医師と相談するが、帰国することも一つの方法だろう」

高田川巡業部副部長が都内のホテルに朝青龍を見舞った。詳細に関しては明言を避けた
同親方は一時は朝青龍に厳しい意見を浴びせたこともあったが「朝青龍は若いのに十分
制裁を受けている」そして「一番悪いのは師匠の高砂だ」と師匠の指導力不足を批判した

◆８月28日 
緊急理事会で<strong>朝青龍</strong>の帰国を許可。
伊勢の海理事と高砂親方が報道陣を前にお騒がしてすみませんと謝罪。
高砂親方は<strong>朝青龍</strong>の帰国に同行し何かあれば全責任を負うと言及。


◆８月29日
高砂親方と本田医師とともに<strong>朝青龍</strong>がモンゴルへ帰国。


◆８月31日
高砂親方が本田医師とともに帰国。高砂親方が協会へ報告後、会見を開く。<strong>朝青龍</strong>はウランバートル到着後すぐにハラホリンに向かい未明に到着。<strong>朝青龍</strong>の兄が経営する「ドリームランド」という施設に滞在しそこより60kmをどの温泉施設のあるホジルトへ治療のため通うことになるとのこと。モンゴル国立健康大学教授の精神科医が常駐し治療にあたるとのこと。


◆9月13日 　（yahooニュースより）
　モンゴルで療養中の横綱朝青龍が１２日、ホジルトでの治療を開始した。帰国後、公に姿を現したのは初めて。滞在していた施設「ドリームランド」があるハラホリンから約５０キロ離れたホジルトを訪れた朝青龍は、市民らに囲まれながら泥風呂などがある温泉施設に入った。治療開始を伝えられた師匠の高砂親方（元大関朝潮）は「次のステップである、ひじと腰の治療に入れる。心の治療はだいぶん良くなったのだろう」と話した。


◆9月25日 　（yahooニュースより）
　大相撲の横綱審議委員会（横審）が２４日、東京・両国国技館で行われた。冒頭、朝青龍の師匠・高砂親方（元大関朝潮）が「多方面に迷惑をかけました」と謝罪し、モンゴルでの治療の現状を「モンゴルの専門医が付きっきりで治療し、精神面は改善されつつあり、今は腰の治療を受けている」と説明。左ひじと腰の治療は今月いっぱいまでの予定で、１０月に入ってから横綱本人と日本に戻る時期などを打ち合わせることも報告した。
　注目される来日時期と会見について、高砂親方は「本人には日本に戻って土俵に上がる意思がある。初場所に向けて体調を整えたい。謝罪会見をして、けいこをして土俵に上がりたいと言っている」と代弁。来日日時は未定だが、同親方は「日本に戻った当日に会見させる」と明言した。


◆10月11日 　（yahooニュースより）
国技館で横綱稽古総見が行われ、その後、横綱審議委員会が特別に開かれた。
引退勧告をしても良いのではないかとの意見も出たが事態を見守るとのこと。
　モンゴルで療養している横綱・朝青龍が、９日からウランバートルで筋力トレーニングを開始した。師匠の高砂親方（元大関・朝潮）は再来日について「今のところ、２１日からの週を考えている」。朝青龍の関係者によると、滞在していたハラホリンの施設から８日にウランバートルへ移動。９日は約３時間の運動で汗を流したという。高砂親方は調整具合をチェックして来日する時期を検討する予定だ。


◆10月15日 　（yahooニュースより）
　母国モンゴルで療養中の横綱・朝青龍の再来日に関し、師匠の高砂親方（元大関・朝潮）が、１５日から最終的な話し合いに入ることを示唆した。朝青龍はウランバートルでトレーニングを開始し、まわしを締めて稽古ができる状態を目指している。当初は九州場所（１１月１１日初日、福岡国際センター）の番付発表が行われる２９日前の来日をメドにしていたが、高砂親方は「私の希望は１０月下旬だが、選択肢はいろいろある。本人がやることだから」と横綱の気持ちを尊重させる意向。朝青龍の個人マネジャーも「あくまでも体調を優先することになりそう」と話しており、来日が１１月にずれ込む可能性も出てきている。

◆10月17日 　（yahooニュースより）
　モンゴルで帰国療養中の横綱朝青龍（27）が左足首を痛めていたことが、17日分かった。現地で朝青龍に付き添っていた個人トレーナーが同日、帰国して明らかにした。
　朝青龍はウランバートルでトレーニング中に左足首をひねったという。現在は患部の電気治療をしながら、毎日2時間ほどジムで筋力トレーニングを行っている。
　師匠の高砂親方（元大関朝潮）は来週中にも日本に戻る可能性があるとしていたが、トレーナーは「難しいのではないか」と話し、日本に戻る時期は11月にずれ込む可能性も出てきた。　


◆10月22日　　　(サンケイスポーツより抜粋）
　モンゴルで帰国療養中の横綱朝青龍（２７）が謹慎期間中にもかかわらずＴＢＳのテレビ取材を受けていたことが２２日、明らかになった。日本相撲協会の広報部長で師匠の高砂親方（５１）＝元大関朝潮＝は、取材申請書を１０月１日付で受理。広報部内で再検討した結果、５日に「謹慎処分が終了してから撮影して下さい」と通達したが、朝青龍は通達前の３、４日に取材を受けてしまったという。 

]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>モンゴル、遊牧民の風習、文化など</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://asasyoryu.yoihanashi.net/2007/08/post_16.html" />
   <id>tag:asasyoryu.yoihanashi.net,2007://10.106</id>
   
   <published>2007-08-29T17:42:53Z</published>
   <updated>2007-09-04T04:55:54Z</updated>
   
   <summary>「草原の国」「蒼き狼の国」。東は朝鮮半島、南はビルマ、チベット、アフガン、西は東...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="205モンゴルの風習" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://asasyoryu.yoihanashi.net/">
      <![CDATA[<table><tr><td>「草原の国」「蒼き狼の国」。東は朝鮮半島、南はビルマ、チベット、アフガン、西は東ヨーロッパ、トルコにまたがるユーラシアの大部分を占めたモンゴル帝国の末裔で、チンギスハーンは祖国の英雄としてあがめられている。チンギスハーンが兵の訓練のためにはじめたという、競馬、弓、そしてモンゴル相撲が行われる「ナーダム」というお祭りが毎年、夏に行われる。しかし以前はほとんどを閉めていた遊牧民も、民主化が進むとともにやめてウランバートルに職を探して移住してくる人が増えたという。モリブデンなど特殊鋼や石炭などの埋蔵資源も見つかり、今後の遊牧民の生活もどんどん変わってゆくのかもしれない。</td><td>


<img alt="チンギスハーン.gif" src="http://asasyoryu.yoihanashi.net/mongol-3.gif" width="250" height="273" /></td></tr></table>


遊牧民は季節により草原を移動する旅を続けるので極力、物を持たず、住居である「ゲル」も折りたたみで、組み立てるのに一時間とかからない。ゲルの中には部屋や区切りも無くプライバシーという意識は無い。鍵は無く訪ねてくる客は誰でも歓迎。

家畜の糞を燃料として使いゲルの真ん中のストーブで煮炊きもする。食材は羊が歩いてついてくる。野菜は食べないので畑はいらない。とても機能的勝つ質素な生活であった。しかし民主化で電気製品も増え冷蔵庫やテレビなどを持つ遊牧民も増え発電機も必要となり移動が難しくなった人も多い。また移動手段も馬から車やオートバイにかわり草原のゴミや破壊も増えているという。


<img alt="ゲル写真.gif" src="http://asasyoryu.yoihanashi.net/mongol-4.gif" width="400" height="275" />


特産品の一つだったカシミアが海外で高価に売れることを知り、羊ではなく山羊を飼うようになった遊牧民が増えた。山羊は羊と違い草の根元まで食べてしまうので次の年生えにくく草原が失われてゆく原因にもなっている。


お祝いの時、客をもてなす時、羊をさばき料理して振る舞う。
血一滴も無駄にしないというモンゴル人の動物のさばき方は見事で、血が飛び散るようなこともないので、見ていても凄惨な感じも受けない。ジンギスカン鍋というのは日本人の創作であり、基本的にモンゴルでは肉を焼いて食べない。モンゴルではあらゆる所に神がおり、肉を役と肉汁で火が汚れるからだという。


さばいた羊はほとんど無駄にするところがない、血は腸詰めとしてボイルして食べる。
毛皮はフエルトとして服や、ゲルの壁として防寒対策になる。くるぶしのホネは「シャガイ」とよばれ、おはじきやサイコロのようにして使われる子供の遊具になる。


アルヒとよばれるウォッカを飲む。飲む前にお酒を指の先につけ、天に向けはじき、次に地に向かってはじく。それぞれの神に祈る行為である乾杯、いただきますのような意味。また馬の乳を撹拌することで発酵させた馬乳酒は健康飲料、薬、としてものまれる。カルピスは創業者がこれを飲んだ経験をもとに創り出したと言われている。

チーズなど乳製品の種類は多く西欧のチーズやヨーグルトももとはモンゴルの騎馬民族が広めたものだという説もある。


デールと呼ばれる、チャイナ服やベトナムのアオザイにも似た民族俗服を着る。夏用、冬用、儀式の時用などがある。


家を次ぐ跡取りは末の男の子である。女の子はおしゃれで、幼少からピアスをしている。

ホーミーと呼ばれる一人で二音を出す発声法がありとても不思議で奇麗な音色である。
また馬頭琴と呼ばれる民族楽器もある。]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>学生相撲出身の力士</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://asasyoryu.yoihanashi.net/2007/08/post_15.html" />
   <id>tag:asasyoryu.yoihanashi.net,2007://10.105</id>
   
   <published>2007-08-27T18:42:31Z</published>
   <updated>2007-10-26T04:55:18Z</updated>
   
   <summary>大学の相撲部に所属してから角界に入った力士が、琴光喜、豊真将、高見盛、など現在幕...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="410学生相撲出身" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://asasyoryu.yoihanashi.net/">
      <![CDATA[大学の<strong>相撲</strong>部に所属してから角界に入った力士が、琴光喜、豊真将、高見盛、など現在幕内に18人もいます。

昔に比べ大学への進学率は上がっているのだから相撲界でも大学出の力士が増えても一向に不思議ではありません。ここであえて項目としてあげたのは、まず、<strong>朝青龍</strong>の師匠である高砂親方も近代<strong>相撲</strong>部出身であるということです。


学生<strong>相撲</strong>で立派な成績を上げると、特例として幕下付け出しといい、
序の口、序二段、三段目を飛び越して幕下の下位から<strong>相撲</strong>を始められます。

実力があれば数場所で十両に昇れます。


幕下以下の力士には給料などでず、十両以上の力士、関取の附け人にならされます。
封建的な世界ですので、身の回りの世話をさせられたり、ちゃんこを作らされたり
雑用をさせられたり、「強くなるために」のもと厳しくしごかれたりします。


学生<strong>相撲</strong>出身力士はただでさえ期待され鳴り物入りで迎えられ、
その上、下積みの辛い経験をする期間が短くてすみます。
そういうのが良い悪いは別として、親方になって部屋を経営してゆく時に
厳しく育てられるのだろうかということに疑問をもつヒトが多いのです。

もちろん大学<strong>相撲</strong>部も稽古が厳しいでしょう。
また通常と同じ前<strong>相撲</strong>からとった学生<strong>相撲</strong>出身力士も多くいます。

<hr>
学生<strong>相撲</strong>出身の親方一覧です。


　　<font color="#8b0000">高砂理事</font>　元大関朝潮　近畿大卒

　　　<font color="#8b0000">湊監事</font>　元小結豊山　東京農大卒

　<font color="#8b0000">出来山親方</font>　元関脇出羽の花　日本大卒

　<font color="#8b0000">安治川親方</font>　元<strong>横綱</strong>旭富士　近畿大卒（相撲部は途中退部）

<font color="#8b0000">千賀ノ浦親方</font>　元関脇舛田山　拓殖大卒

　<font color="#8b0000">入間川親方</font>　元関脇栃司　日本大卒

　　<font color="#8b0000">境川親方</font>　元小結両国　東京農大卒

　<font color="#8b0000">追手風親方</font>　元前頭大翔山　日本大卒

　<font color="#8b0000">春日野親方</font>　元関脇栃乃和歌　明治大卒

<font color="#8b0000">田子ノ浦親方</font>　元前頭久島海　東京農大卒

　　<font color="#8b0000">藤島親方</font>　元大関武双山　専修大卒

　　<font color="#8b0000">木瀬親方</font>　元前頭肥後ノ海　日本大卒

　　<font color="#8b0000">尾上親方</font>　元小結濱ノ嶋　日本大卒

　　<font color="#8b0000">玉垣親方</font>　元小結智乃花　日本大卒

　　<font color="#8b0000">若松親方</font>　元前頭朝乃若　近畿大卒

　　<font color="#8b0000">甲山親方</font>　元前頭大碇　同志社大卒

　<font color="#8b0000">押尾川親方</font>　元前頭朝乃翔　近畿大卒

　<font color="#8b0000">二十山親方</font>　元前頭よう司　日本大卒



<hr>


過去、学生<strong>相撲</strong>出身の主な力士。


<font color="#8b0000">豊山</font>　学生<strong>相撲</strong>で初めての大関。前理事長の元時津風親方。

<font color="#8b0000">輪島</font>　学生<strong>相撲</strong>出身の初めての<strong>横綱</strong>。本名のまま途中で改名もせず<strong>横綱</strong>なった唯一の力士。

<font color="#8b0000">荒勢</font>　得意のがぶり寄り関脇まで昇る。引退後はタレントとして活躍。

<font color="#8b0000">朝潮</font>　アマ<strong>横綱</strong>、学生<strong>横綱</strong>を２年連続獲得。大関まで昇った現高砂親方。

<font color="#8b0000">旭富士</font>　学生相撲は途中でドロップアウト。前相撲からとり<strong>横綱</strong>なる。現安治川親方。

<font color="#8b0000">栃乃和歌</font>　<strong>横綱</strong>も期待された逸材だったが関脇どまり。現春日野親方。

<font color="#8b0000">久島海</font>　学生史上最多のタイトルを獲得。期待ほどの活躍はできず三役になれず。
　　　　現田子ノ浦親方

<font color="#8b0000">舞の海</font>　相撲史に残る小兵で業師。身長差30cm以上の曙に勝った三所攻めは圧巻。

<font color="#8b0000">智の花</font>　舞の海の活躍に刺激され27歳で教員をやめ入門、やはり業師として幕内で活躍。
　　　　現玉垣親方。

<font color="#8b0000">武双山</font>　アマ<strong>横綱</strong>を獲得。武蔵川部屋の隆盛をつくる。現藤島親方。]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>相撲協会の理事長、理事、役員</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://asasyoryu.yoihanashi.net/2007/08/post_13.html" />
   <id>tag:asasyoryu.yoihanashi.net,2007://10.103</id>
   
   <published>2007-08-26T07:47:34Z</published>
   <updated>2007-09-01T06:31:13Z</updated>
   
   <summary>        ●相撲協会の協会員（年寄）は理事、監事、委員、主任、参与、年寄の...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="403理事長・協会役員" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://asasyoryu.yoihanashi.net/">
      <![CDATA[<table width="480" border="0" cellspacing="0" height="" background="http://asasyoryu.yoihanashi.net/gunbai.jpg" width="480" height="426" />
  <tr>
    <td><p>●<strong>相撲</strong>協会の協会員（年寄）は理事、監事、委員、主任、参与、年寄の6階級に分かれる。
（現在、参与はいない）


●理事は定員10名で、理事の互選で理事長が決まる。
　理事は以前は五つの一門から二人ずつ選ばれていたが
　平成１０年に初めて理事選挙になって以来現在は実力重視に移行されている。


●監事は定員3名。理事会には出席できるものの、発言権はない。


●理事・監事は、評議員の選挙で選出される。


●評議員は年寄105名跡（一代年寄2名跡）と
　互選により選ばれた行司2名，現役力士4名で構成される。


●理事経験者や副部長の職をになえる実力の委員は、役員待遇の処遇を受ける。</p>
 </td> </tr> </table>


<hr>
現在（2007年８月時点）の理事は以下の十名


【理事長】
◯北の湖敏満……元<strong>横綱 </strong>北の湖	（出羽海一門）

優勝回数24回、連勝記録32勝、幕内での50場所連続勝ち越し、37場所連続2桁勝利。
年間通算82勝は<strong>朝青龍</strong>に破られるまでの最高記録だった。ある信念のもとに負けた相手に手を貸さなかった。それが余計に憎らし見え、輪島、貴ノ花、若乃花、に対してのヒール役尿な存在に映った。その実、真面目で実直な性格だと言われていた。数々の記録から一代年寄りの栄誉を授かる。親方としては巌雄、北桜などを育てる。


【事業部長】
◯武蔵川晃偉……元<strong>横綱</strong> 三重ノ海（出羽海一門）
前さばきのうまい気合いの入った<strong>相撲</strong>であったが、肝臓を悪くし、一度大関を陥落も
その後時間がかかったが<strong>横綱</strong>に昇進。優勝３回。
親方として<strong>横綱</strong>武蔵丸、大関武双山、出島、雅山など一代で多くの関取を育てる。
一時に多くの幕内力士を抱え、部屋別でなく個人別総当たりにするべきだとの意見する人も出るほどだった。


【広報部長】・【指導普及部長】		
◯高砂浦五郎……元大関 朝潮（高砂一門）
学生<strong>相撲</strong>で数々のタイトルをとり各界入り。
北の湖にめっぽう強く<strong>横綱</strong>も期待されたが
稽古嫌いとのもっぱらの噂でムラの多い<strong>相撲</strong>で大関どまりだった。<strong>優勝</strong>１回
現役時代から歌と喋りがうまく「大ちゃん」の愛称で親しまれる。
親方として<strong>朝青龍</strong>、朝赤龍、朝の若、などを育てる。


【巡業部長】
◯大島武雄……元大関 旭國（立浪一門）
研究熱心で、<strong>相撲</strong>博士との愛称もあり、小兵ながら猛稽古で大関までのぼる。
13勝14勝、をしながら北の湖、輪島が立ちはだかり優勝はできなかった。
親方として、<strong>横綱</strong>旭富士、旭道山などを育てる。
またモンゴルで新弟子公募し合格した旭鷲山、旭天鵬など6人の成功が
現在のモンゴル勢の礎となった。
2007年5月場所に旭天鵬の出場停止で翌場所に十両へ陥落となり
1983年以来続いた幕内力士連続在位が途絶えた。


【総合企画部長】・【生活指導部長】・【警備本部長】
◯伊勢ノ海裕己茂……元関脇 藤ノ川（時津風一門）
最初の戦後生まれ幕内力士となる。動き回る<strong>相撲</strong>から「今牛若丸」と呼ばれ人気を博す。
ケガにより低迷し２６歳の若さで引退し親方になる。土佐ノ海、北勝鬨などを育てる。
またテレビでの切れ味するどい解説も人気がある。


【審判部長】
◯放駒輝門……元大関 魁傑（二所ノ関一門）
三役時代に２度優勝決定戦に出場し一度は<strong>横綱</strong>北の湖を破り優勝を飾る。
大関昇進し好成績で<strong>横綱</strong>を期待されたが、肘の故障から不調となり大関を２度陥落。
「休場は負けと同じだ」の信念で黒星が続いても決して休まず、
誠実な土俵態度と色黒の爽やかな笑顔で人気があり「クリーン魁傑」なる異名もあった。
親方として<strong>横綱</strong>大乃国を育てる。審判部長としての番付編成、昇進問題への疑問を上げる声もある。


【大阪場所担当部長】
◯間垣勝晴……元<strong>横綱</strong> 2代若乃花（二所ノ関一門）
北の湖と同年で共に幕下よりホープとし期待される。
柔らかい足腰、切れ味鋭い投げ技で<strong>横綱</strong>に昇るが北の湖、輪島をなかなか超えられず
優勝は４回にとどまる。
親方としては若闘将、若ノ城、五城楼などを育てる。
２００７年３月場所脳出血で緊急手術を受けたが現在は命に別状は無いようだ。


【名古屋場所担当部長】
◯秀ノ山護久……元関脇 長谷川（二所ノ関一門）
史上最強の関脇との異名をもつ。<strong>優勝</strong>をふくめかなりの好成績を残すが、四人いた大関同士の無気力相撲などの問題も起きていた不運もありついに大関に昇れず。
親方としては佐渡ヶ嶽部屋で後進の指導にあたり多くの関取を育てている。
現理事の中では最高齢で長老的存在。

【九州場所担当部長】
◯出羽海義和……元関脇 鷲羽山（出羽海一門）
小兵力士で多彩な技をもつ技能派力士で『ちびっ子ギャング』の異名もあった。
大型力士が多かった時代、３６歳まで現役を勤めた。
親方としては1995年からは、出羽海を襲名し名門部屋を率い、普天王などを育てる。


【相撲教習所長】・【監察委員長】
◯友綱隆登……元関脇 魁輝（立浪一門）
序の口通過に一年もかかるなど、決して出世は早く無かったが、安定した取り口で北の湖を連破したりなどし活躍した。ジョークのセンスがあり飄々とした人柄で親しまれた。
親方としては大関魁皇、戦闘竜、大刀光などを育てる。
また父も元十両力士、子も関取を目指す現役力士である。

<hr>
現在（2007年８月時点）の監事　役員待遇は以下のとおりです。

監事
◯三保ヶ関昇秋……元大関 増井山（出羽海一門）

◯湊　広光……元小結 豊山（時津風一門）

◯不知火幸雄……元関脇 青葉城（二所ノ関一門）

役員待遇
◯高田川和一……元大関 前の山（無所属）

◯九重　貢……元<strong>横綱</strong> 千代の富士（高砂一門）

◯玉ノ井友宣……元関脇 栃東（出羽海一門）]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>相撲界の歴史と改革　その２</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://asasyoryu.yoihanashi.net/2007/08/post_12.html" />
   <id>tag:asasyoryu.yoihanashi.net,2007://10.102</id>
   
   <published>2007-08-26T05:36:17Z</published>
   <updated>2007-08-31T16:27:38Z</updated>
   
   <summary>★1946年（昭和21年） 進駐軍に接収されメモリアルホールという名になった国技...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="402相撲界の歴史,改革 その2" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://asasyoryu.yoihanashi.net/">
      <![CDATA[★1946年（昭和21年）
進駐軍に接収されメモリアルホールという名になった国技館を借り
11月に13日間興行


★1947年（昭和22年）
6月に10日間、神宮外苑での興行。同点決勝制度導入。
１１月１１日間興行。系統別総当たり制、三賞制度導入。


★1949年（昭和24年）
5月場所より15日制復活。


★1950年（昭和25年）
１月場所、仮設、蔵前国技館での興行。
３<strong>横綱</strong>休場により<strong>横綱</strong>の権威に疑問、<strong>横綱</strong>降格論がおこる。
その影響により５月に<strong>横綱</strong>審議委員会が発足。


★1951年（昭和26年）
<strong>横綱</strong>審議委員会への諮問、<strong>相撲</strong>協会免許の第一号、<strong>横綱</strong>千代の山誕生。


★1952年（昭和27年）
四本柱が撤廃され吊り屋根になる。


★1953年（昭和28年）
NHKテレビで大<strong>相撲</strong>放送開始。年４場所制へ（東京３回、大阪１回開催）


★1954年（昭和29年）
蔵前国技館が完成。


★1955年（昭和30年）
9月場所、５時半中入り、８時打ち出しのナイター興行を実施も、この場所限り。


★1957年（昭和32年）
<strong>相撲</strong>協会の運営のあり方が国会で問題視される。
力士の月給制、枡席の一部を一般開解放などの改革案導入。
11月九州場所が本場所に昇格し年５場所に。


★1958年（昭和33年）
7月、名古屋場所が本場所に昇格し、年６場所制に。


★1961年（昭和36年）
年寄の定年制(65歳)が実施された。


★1962年（昭和37年）
海外の大<strong>相撲</strong>ファン拡大と収益を目的にハワイでの初めての海外巡業が行われる。
<br><br>
<center>
<img alt="sumo2.jpg" src="http://asasyoryu.yoihanashi.net/sumo2-thumb.jpg" width="180" height="165" /></center>
<br><br>




★1965年（昭和40年）
一門別総当たり制から部屋別総当たり制へ。
ソビエトではじめての海外公演（モスクワとハバロスクで開催）。


★1970年（昭和40年）
３場所連続から２場所連続負け越しで大関陥落に改革。
と同時に陥落翌場所に10勝以上の成績で大関へ復帰の制度制定。


★1971年（昭和46年）
中学卒業後でなければ入門できないこととなる。
すでに在籍していた中学生力士は、東京場所の日曜日のみに出場可能となる。


★1972年（昭和47年）
公傷制度が導入された。（のちに廃止）


★1984年（昭和59年）
立ち会いに仕切り戦に両手をつく立ち会い正常化が実施される。


★1985年（昭和60年）
両国新国技館開館。


★1995年（平成７年）
巡業改革により、各地の興行を希望する勧進元主催から協会の自主興行に変更された。


★1998年（平成9年）
「年寄名跡の所有者と使用者」の情報公開。新たな年寄名跡の賃借禁止。複数の年寄名跡取得禁止。その代償として準年寄制度の新設。


★2002年（平成14年）
年寄名跡の貸し借りを容認することを決定した。



★2005年（平成1７年）
地方巡業の落ち込みにともない<strong>相撲</strong>協会の自主興行から勧進元主催へもどされる。
1月場所から大相撲公演中、枡席を含め全館禁煙となった。


★2006年（平成18年）
今まで、「解雇」「番付降下」「給料手当減額」「けん責」の４種類と定めていた力士の処罰に「出場停止」が加わる。（カメラマンへの暴行で露鵬を、規定になかった出場停止処分にしたのがきっかけ）


★2007年（平成19年）
準年寄制度が廃止された。]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>相撲界の歴史と改革　その１</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://asasyoryu.yoihanashi.net/2007/08/post_11.html" />
   <id>tag:asasyoryu.yoihanashi.net,2007://10.101</id>
   
   <published>2007-08-26T01:31:04Z</published>
   <updated>2007-08-31T16:31:02Z</updated>
   
   <summary>★1684年（天和4年） 寺社奉行の管轄のもと、相撲団体の結成と興行が許可された...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="401相撲界の歴史,改革 その1" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://asasyoryu.yoihanashi.net/">
      <![CDATA[★1684年（天和4年）
寺社奉行の管轄のもと、<strong>相撲</strong>団体の結成と興行が許可された。興行を願い出たなかの初代の雷権太夫がおり、年寄による管理体制も確立され、年寄名跡のはじめともなった。
土俵は無く見物人が直径7～9mの人間の輪をつくりその中で取り組み行われたらしい。


★寛文年間（1600年代半ば）
プロレスなどのリングのように柱の下へ紐などで囲ったなか取り組みで行われた。
これが俵で囲んだ四角い土俵の原型といわれる。


★延宝年間（1670年ころ）
土俵の四隅に柱を立てその上に屋根をつくり、柱には四神をあらわす4色の布を巻いていた。
屋根の下、13尺（3.94m）の丸い土俵が設けられそこで取り組みが行われた。
この時期には京都や大坂にも<strong>相撲</strong>の集団ができた。


★1789年（寛政元年）
司家の吉田追風からの<strong>横綱</strong>免許が実現。


★1827年（文政10年）
吉田司家が江戸幕府より「江戸<strong>相撲</strong>方取締」という役を任じられる。


★幕末
対レスリング、対ボクシングなどの異種試合が行われたことがある。


★1871年（明治4年）
明治維新に伴い、東京府からの「裸体禁止令」により東京<strong>相撲</strong>の力士は罰金、鞭打ち刑をうけ、「<strong>相撲</strong>禁止論」もでる。明治天皇と、その意を受けた伊藤博文たちの尽力により、<strong>大相撲</strong>が社会的に公認され危機を乗り越えた。


★1890年（明治23年）
番付にはじめて「<strong>横綱</strong>」という文字が登場する


★1909年（明治42年）
両国国技館の落成。常設の<strong>相撲</strong>場が初めてできる。
<strong>相撲</strong>が国技と制定される。
東西対抗戦により団体優勝制度が生まれ、優勝旗が授与されることになった。


★1925年（大正14年）
財団法人大日本<strong>相撲</strong>協会誕生


★1926年（大正15年）
個人優勝制度が確立された。優勝者に賜杯が授与されることになった。


★1927年（昭和2年）
東京<strong>相撲</strong>協会と大阪<strong>相撲</strong>協会が解散、合併し、大日本<strong>相撲</strong>協会が発足。
年４場所、11日間の興行。


★1928年（昭和3年）
ラジオ中継が始まる。
仕切り時間が制定。仕切線の設定。


★1930年（昭和5年）
土俵上の４本の柱の前に座っていた審判が土俵下におりる。


★1931年（昭和6年）
土俵の直径が１３尺(3.49m)から１５尺(4.55m)へ拡大された。二重土俵を一重に改める。


★1932年（昭和7年）
１月場所前、春秋園事件で多くの力士が脱退したため、急遽十両、幕下力士を幕内に引き上げ２月に８日間の興行。東西制は廃止せざるを得ず、系統別総当たり制になる。
５月場所より１１日間興行に戻る



★1933年（昭和8年）
前年起きた春秋園事件の影響もあり年２場所へ縮小。


★1937年（昭和12年）
双葉山の連勝などもあり大<strong>相撲</strong>人気に後押しされ５月場所より１３日間の興行となる。


★1939年（昭和14年）
さらなる人気にともない５月場所より１5日間の興行となる。


★1940年（昭和15年）
東西対抗制が復活。
東方　立浪、二所ノ関、伊勢ケ浜、朝日山などの連合
東方　出羽の海一門と高砂の<strong>横綱</strong>、大関二人が参加


★1944年（昭和19年）
国技館が軍に明け渡され、後楽園の野外の土俵にての１０日間興行になる。
翌年の１月場所を１１月に繰り上げ開催で年３場所開催。


★1945年（昭和20年）
両国国技館が空襲により屋根に穴があくなど大打撃。
６月、空襲激化により７日間の非公開興行。
１１月に晴天のみの１０日間興行。
進駐軍の要請で土俵を16尺(4.85m)に拡大。
しかし力士会の反対により一場所限りで15尺に戻される。
制限時間を幕内５分に短縮。
]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>相撲界のこれまでの主な不祥事、事件、トラブルなど</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://asasyoryu.yoihanashi.net/2007/08/post_10.html" />
   <id>tag:asasyoryu.yoihanashi.net,2007://10.100</id>
   
   <published>2007-08-25T17:55:55Z</published>
   <updated>2008-09-08T07:15:35Z</updated>
   
   <summary>●1871年（明治4年） 明治維新に伴い、東京府の「裸体禁止令」により東京相撲の...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="406これまでの不祥事と処分" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://asasyoryu.yoihanashi.net/">
      <![CDATA[●1871年（明治4年）
明治維新に伴い、東京府の「裸体禁止令」により東京<strong>相撲</strong>の力士は罰金、鞭打ち刑に処された。また、「<strong>相撲</strong>禁止論」も浮上。
明治天皇と、伊藤博文らの尽力で、1884年（明治17年）に天覧相<strong>撲</strong>が実現し、
これにより<strong>大相撲</strong>が社会的に公認され危機を乗り越えた。


●1922年（大正11年）
大阪<strong>相撲</strong>で竜神事件と呼ばれる紛争が起こる。力士他多くが廃業し、大阪<strong>相撲</strong>が衰退する。


●1923年（大正12年）
東京<strong>相撲</strong>で、力士待遇の改善をもとめストライキが発生し、それにより<strong>横綱</strong>大錦卯一郎が廃業するという三河島事件が起こる。


●1931〜2年（昭和5〜6年）
大関玉錦が三連覇するも<strong>横綱</strong>になれず。
（新興の小部屋だったからとも、喧嘩っ早い性格のためとも言われる）


●1933年（昭和7年）
力士の待遇改善など、改革を求める力士が集まり決起したが受け入れられず、集団で脱退すると言う春秋園事件が起きる。


●1949年10月場所（昭和24年）
休場中の<strong>横綱</strong>前田山が来日中のサンフランシスコ・シールズとの日米野球を観戦しそれが新聞報道され責任を取って引退したというシールズ事件が起きる。


●1949年10月場所〜50年1月場所（昭和24〜25年）
大関千代の山が連覇するも<strong>横綱</strong>になれず。
（1月場所、３横綱すべて休場のためか？）


●1950年1月場所（昭和25年）
羽黒山、照国、東富士の三人の<strong>横綱</strong>が相次いで休場し、<strong>横綱</strong>の権威が問題となり、
<strong>横綱</strong>降格論が起こる。これをきっかけに<strong>横綱</strong>審議委員会が発足する。


●1953年1月場所後（昭和28年）
優勝した鏡里を協会が<strong>横綱</strong>に推薦したが、段取りの悪さからか横審が正式決定を二日間も持ち越した。


●1953年３月場所（昭和28年）
成績不振で休場した<strong>横綱</strong>千代の山が<strong>横綱</strong>を返上し大関からやり直したいと申し出る。
まだ若い<strong>横綱</strong>であり、再起に期待する方針により<strong>横綱</strong>返上は認められなかった。


●1964年５月場所（昭和40年）
廃業した元力士が不法所持の拳銃で逮捕されたことをきっかけに、<strong>相撲</strong>協会が調べると、複数の現役力士および親方が拳銃を不法所持していたのがわかった。


●1972年3月場所（昭和47年）
大関どおしの前の山と琴櫻の一戦は無気力相撲と判断され、両力士注意処分を受けた。


●1975年九州場所前（昭和50年）
朝日山部屋継承問題に巻き込まれトンガ力士廃業。国会文教委員会の答弁でも言及される。


●1985年（昭和60年）
水戸泉と蔵間が相次いで交通事故を起こす。
これがきっかけとなり、<strong>相撲</strong>協会は現役力士の運転を禁止した。


●1986年7月場所（昭和61年）
期待されたカナダ人力士、琴天山が<strong>相撲</strong>界の水になじめず土俵に上がらず失踪してしまう。序ノ口、序二段、三段目でいずれも7戦全勝で優勝していたので、無敗のまま廃業となった。


●1986年7月場所後（昭和61年）
5月場所で12勝3敗で準優勝、この場所14勝1敗で優勝同点の北尾の<strong>横綱</strong>昇進が<strong>横綱</strong>審議委員会で討議され「優勝経験のない力士が<strong>横綱</strong>になるのはおかしい」「精神面に甘さがある」との意見が出たものの、結局<strong>横綱</strong>に推薦された。（千代の富士の一人<strong>横綱</strong>、保志が大関確定的で北尾を昇進させないと史上初めての６大関になってしまうためと言われている）


●1987年12月（昭和62年）
<strong>横綱</strong>双羽黒が師匠立浪親方と衝突し、仲裁しようとした後援者や女将に暴力を振るって失踪。その後破門同然の形で廃業。


●1988年9月場所（昭和63年）
南海龍が酒の飲み過ぎにより休場する失態を起こす。場所後に、師匠の髙砂親方「酒と<strong>相撲</strong>とどっちをとるんだ」の問いに「酒」と答えサモアに帰国してしまう。その後廃業。


●1995年6月（平成7年）
元<strong>横綱</strong>・千代の富士の九重親方が約１億3000万円の申告漏れで修正申告に応じ追徴課税。
理事長より口頭注意をうける。


●1996年7月（平成8年）
元大関・貴ノ花の二子山親方が前年までの３年間で約３億円の申告漏れ。貴乃花、若乃花も申告漏れ。それぞれ理事長が口頭注意をうける。


●1998年6月（平成10年）
<strong>相撲</strong>協会が地方場所の経費など前年までの３年間に総額３億5000万円の申告漏れ。約１億円の追徴課税。


●1999年4月（平成11年）
元大関・霧島の陸奥親方が５年間に約２億2000万円の申告漏れ。約9000万円の追徴金。
<strong>相撲</strong>協会より６カ月間２０％減給の処分。

 
●2000年12月（平成12年）
闘牙が自動車人身死亡事故を起こす。理事会は翌初場所への出場辞退を勧告。師匠の高砂親方へも「役員待遇」から「年寄」二階級降格の処分。


●2006年（平成18年）7月場所
露鵬が千代大海との一戦後、口論となり、風呂場のガラスを割り、厳重注意を受ける。
その後カメラマンに暴行し3日間の出場停止処分となった。


●2007年（平成19年）
旭天鵬、禁止されている車の運転で人身事故。一場所出場停止の処分。


●2007年（平成19年）６月
武蔵川部屋の山分親方がちゃんこ番の男性を棒で殴り、書類送検

●2007年（平成19年）６月
時津風部屋で時太山が暴行され死亡し、2008年２月に元親方らが逮捕された.

●2007年（平成19年）７月
朝青龍が巡業を休んで無断帰国したモンゴルでサッカーをしていた。
日本相撲協会は2場所出場停止処分を発表。

●2008年（平成20年）1月
陸奥部屋の豊桜が弟弟子を調理器具で殴り、書類送検された.

●2008年（平成20年）5月
間垣親方が、弟子を竹刀で殴りけがを負わせたとして減俸処分を受けている。
]]>
      
   </content>
</entry>

</feed>
