今までの不祥事、問題行動
朝青龍の今までの不祥事・トラブルなど
★2002年 初場所
新関脇時、大関栃東との一番。猛烈な勢いのつっぱり・張り手により栃東が多大なる流血。
途中で行司が止め、治療後再開。これほど凄惨なイメージを受けた後味の悪い一番は記憶にない。相撲はケンカではないのだ、というやりきれない印象を私は受けた。
★2002年 秋場所
大関時代、横綱貴乃花に負け、花道を下がる時に、乱れたマゲを振り乱して、大声を上げ「畜生!」と叫ぶ。
★2003年名古屋場所
旭鷲山との一番にまげをつかんでの反則負け。横綱としては初めてのこと。その後旭鷲山の車のドアミラーを破壊。また三日後の支度部屋で旭鷲山と小競り合いを起こし魁皇に止められる。
★2003年12月
無断でモンゴルに帰国しており、先代高砂親方の葬儀を欠席した。
★2004年夏場所後
連覇した場所直後に高砂部屋で泥酔して大暴れし、パトカーが出る騒ぎをおこす。
★2005年初場所
勝ち名乗りを受け懸賞金を受け取るとき、左手で手刀を切り受け取るのはいかがなものかと横綱審議委員の内館牧子氏より意見があがる。北の湖理事長は「自主性に任せる」とのコメント。
★2005年6月
元大関貴ノ花の二子山親方の葬儀をハワイ旅行中で欠席。
★この頃まで、土俵を割り勝負がついた相手に駄目を押すかのように土俵下へ突き落とす行為が頻繁にあり何人かケガを負ったものいる。
★2006年夏場所
右ひじを痛めて途中休場していながら、7日目に支度部屋にあらわれ、モンゴル巡業実現のため署名活動を行った。その件で北の湖理事長から厳重注意された。
★2006年九州場所
稀勢の里との一番にけたぐりで勝つ。けたぐりは本来、弱い相手が強い相手に対して奇襲戦法として使う技であり、横綱が使うべきではないとの話題になる。また前の場所に正攻法で敗れた相手であるので余計に堂々と勝って欲しかったとの意見も。
★2007年春場所
稀勢の里との一番に勝った後、負けて土俵上に横たわる稀勢の里にひざを押し当てるような行為をする。見方に寄っては膝蹴りをしたようにも見えた。
★2007年夏場所直前
出稽古で、豊ノ島に対しプロレス技のヘッドロックのような仕草をし、右足から崩れかかったところを押しつぶすような行為。新三役豊ノ島はこの場所期待されたが足首じん帯損傷で満足に相撲を取れなかった。
★2007年夏場所
安美錦との一番に負けて、花道を引き上げる時にで座布団をけ飛ばすようなしぐさをする。